マリオネット★クライシス
『控室もトイレも備品庫も、スタジオ内くまなく探したんですが、どこにもいないんですよっ! 煙みたいに消えちゃったんです!!』
パニックのために主語が完全に抜け落ちているが、もちろん彼がとあるタレントの担当マネージャーであることを考えれば、明白である。
「SFじゃあるまいし、人間が消えるわけないでしょ。冷静に考えなさい」
『でも、じゃあっ……』
「消えたんじゃないわ――逃げたのよ」
淡々とした口ぶりだが、スマホを握るその指の節が白く浮き上がっているのをみたら、電話の相手は震えあがるに違いない。
『逃げたって……どうすればいいですか社長っ……なにしろ今夜はっ』
今夜。
社長、と呼ばれた女は密かに吐息をつく。
今夜があの子の人生においてどれだけの意味を持つのか、散々言い聞かせたというのに。
そんなことも理解できないバカだったというのか。
「それで? 今日スタジオ入りしてるのは誰?」
『ええと、それは……カメラマンと、ヘアメイク、それから代理店と……』
「代理店は確かYKDだったわね、担当は誰?」
一人の名前を聞いて、まぁなんとかなりそうかとこっそり胸をなでおろす。
頭のいい男だったと記憶している。
こっちに恩を売る機会だとみれば、進んで口裏も合わせてくれるだろう。