マリオネット★クライシス

――お母さんがいなくても、お稽古もお仕事も、サボっちゃダメよ。お母さん、どこにいても栞ちゃんのこと見てるから。約束できるわね?


あぁそうだっけ。
あの日も、こんなムシ暑い夏の一日だった。


――お母さん、いつ帰ってくる?


――そうねえ、栞ちゃんが立派な女優さんになったら、かな。どんなお仕事も嫌がらずにやりなさい。事務所の方を困らせちゃダメよ。お母さんを失望させないでね、栞ちゃん。


その人は白い日傘をくるくる回しながら、ニッコリ笑って。
わたしに、背を向けた。


――え、待って、お母さ……


ワインレッドのワンピースが、伸ばした手から逃げる様に風に舞う。

チリン……


どこかの家の軒先で、風鈴が鳴っていた。

ふわり、ふわり。
揺れるスカート。

チリン、チリン。
揺れる風鈴。


そして、お母さんはいなくなった。


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