マリオネット★クライシス
「…………」
「まさか、やっぱりエロオヤジのところに行くとか、言わないよな」
低めの声には、隠しきれない苛立ちが滲んでる。
瞬く間に、和やかだった空気にピリピリした緊張が張り詰めた。
「ごめんなさい。チャンスを逃したくないの」
視線をドアの方へやりながら、彼の指を腕から外そうとするんだけど……全然外れない。
そりゃ当然怒ってる、よね。
「エロオヤジとセックスするのがチャンス? Casting couch(枕営業)ってことだろ、つまり」
逆にさらに強く掴まれ、ひくっと全身が強張った。
「キャス……? と、とにかく、何の特技も取り柄もないわたしのために、マネージャーが苦労して作ってくれたチャンスなの。無駄にはできない。でも大したことじゃないでしょ、みんなやってるし」
「みんながやってれば何してもいい、とでも言うつもりか?」
「せ、先生みたいなこと言わないでよ。仕方ないじゃない。馬淵さんに嫌われたら、この先ずっとテレビの仕事がゼロになっちゃうかも」
そうやって局幹部に嫌われたために引退に追い込まれた役者やタレントを、わたしは実際に見てきた。
あんな風には、なりたくない。なるわけにはいかない。
だって――
「このままじゃお母さん、戻ってこれなくなっちゃうっ……」