マリオネット★クライシス

「改めまして、吾妻奈央(あづまなお)です。よろしくね」

しっかり自己紹介までされちゃって立ち去るタイミングを逃したわたしは、「はい、よろしくお願いします」って頭を下げた。

「……あれ? でも今朝は確か、“沢”とか……」

宮本さんがそんな感じに呼んでいたことを思い出して首を傾げると、鈴を振るような、って比喩がぴったりの笑い声が響いた。

「よく覚えてたわね。旧姓が沢木(さわき)なの。昔からの仕事仲間は、そっちの方が呼びやすいみたい」

そうして、フリーのライターをしていること、静さんとは仕事絡みで結婚前から長いお付き合いがあり、プライベートでも仲良くしていることを教えてくれた。

「そうなんですね……あ、わたしは……ユウ、って呼んでください」

ライターって職業が引っかかって、なんとなく本名を名乗れなかったわたし。
ちょっと申し訳ないな、と横目で伺ったけど、

「ユウちゃん? 可愛い名前ね」

どうやらわたしのことは知らないみたい。
突っ込まずにスルーしてくれて助かった。はぁ。


「えっと……奈央、さんは、どうしてこんな時間にここに?」

「旦那さんがね、この近くの取引先で会議中なの。終わったら一緒にご飯食べようって約束してて。でもまだちょっと時間あるから暇潰しでね、カフェでも探そうと思ってたら、あなたが通りから見えて」

声かけちゃった、と気さくに微笑まれ、ほっこりする。

なんだろ……ほぼ初対面のくせに、そんな気がしない。
不思議な人だな。

< 203 / 386 >

この作品をシェア

pagetop