マリオネット★クライシス
目指す人物は、案内されなくともすぐに分かった。
ノスタルジックな雰囲気の店内がさほど広くなかったこと、ほとんどが女性のグループで男性の一人客が彼のみだったことが理由だが。
おそらくこれより10倍の広さで10倍の客がいても、見失うことはない気がした。
それは彼が――サングラスを手の中で弄びながら、窓の外、イングリッシュガーデンを物憂げに眺める男がヨーロッパ系の白人で、しかも絶世の美形だったからである。
年齢は自分より若い、20代後半頃だろうか。カジュアルスタイルだが、フォーマルな装いもさぞかし似合うだろう。
どんな貞淑な人妻でもベッドへ連れ込めそうな甘いマスクだ。
見惚れてしまいながら近づくと、相手が気づいた。
グリーンアイを無邪気に緩ませ、椅子から立ち上がる。
「お待たせしてしまってすみません、小早川潤子です」
破壊力抜群の笑顔に衝撃を受けつつも、なんとかそれをポーカーフェイスで押し隠し、「えぇと、英語の方がいいのかしら?」と名刺を差し出した。
「いいえ、日本語で構いませんよ。英語よりも得意なので。すみません、ビジネスカードは持ってなくて。ライアン・リーと言います。ライアンと呼んでください」
冗談めかして言うだけあって、ネイティブといっても差し支えない、流暢な日本語だった。
ハキハキしたテノールは陽気に弾み、好印象を与える。
こんな時でなければスカウトしたいくらいだ。
だが、残念ながら今はそれどころではないし、彼もまた、そんなことには興味ないはず。宇佐美の情報が正しいとするなら、おそらくこの男は――
「さぁどうぞ」
ハッと気づくと、いつの間にかライアンは彼女の後ろに回り込んで椅子を引き、座るように目で促していた。
途端に周囲から、嫉妬と羨望が矢のように突き刺さる。
この状況で優越感を感じるな、というのは無理な話だろう。
相手は相当、女の扱いに慣れているらしい。
「どうも」
礼を言って腰を下ろしつつ、油断してはならない、と潤子は気を引き締め直した。