私だけを愛してくれますか?
*◇*◇*
「美織、ちょっといい?」
夕食を終えたタイミングで母に呼ばれた。嫌な予感がする。母から改まってされる話にいいことなんてあった例がない。
「来週の日曜日、お茶会があるんやけど。一緒に行ってくれへん?」
「…いいけど」
怪しい。突然お茶会の誘い?
「本当にお茶会?」
真意を見極めるように目を細め、母を見た。
「もちろん。華道教室の藤枝先生が『お花とお茶の会』を開きはるのよ。お母さんが活けたお花も飾られるから見に来てよ」
にっこりと微笑む母の怪しさは全開だ。
でも〝藤枝先生〟と聞いて考え直す。『夏・京都』でお会いした以来だ。
あの時、志乃さんの担当をしていた吉木が、吉木織物の娘だとご挨拶をするいい機会かもしれない。また、仕事でお会いするかもしれないし、ちゃんとご挨拶をしておいた方がいいかも。
「わかった。日曜日ね」
今回は普通の話でよかった。母の話は結婚の催促が多いから、辟易するのだ。早々に話を切り上げて、ドンちゃんと散歩に出かけた。
昼間はまだ暑さが残っているが、夜はすっかり涼しくなってきた。
どこからか聞こえてくる虫の声が一層秋を演出している。
あの夏の夜以降、散歩のルートを変えた。お気に入りのパン屋さんにも行けないでいる。
逃げ回っているばかりじゃなくて、新しくまた一歩を踏み出さないとあかんなぁ。
このままだと元の木阿弥だ。
『結婚か…』
今日は催促されたわけではないのに、ふと考えた。
このままでは、副社長を忘れることはできない。
結婚を前向きに検討してみるか…
副社長の柔らかい笑顔を思い浮かべる。
私には笑顔が似合うと言ってくれた。可愛いと言ってくれた。
楽しかった神戸。二人で見た夜景…
なんだ。思い出はたくさんあるじゃないか。それだけで十分。
「ドンちゃん、あっちの道行ったことないし行ってみよ」
前向きになりさえすれば、進む道はいくらでもあるのだ。