私だけを愛してくれますか?

「美織、ここにいてたの」

母が、藤枝先生を連れてやってきた。

「いつも母がお世話になっております。娘の美織です」

丁重に挨拶をする。

「こんにちは。今日は来てくださってありがとう」

藤枝先生はにこやかに返事をした後、岩倉夫妻にも話しかけた。

「志乃ちゃんたちも来てくれてたの」

「藤枝先生、今日はお招きいただきありがとうございます」

志乃さんもニコニコしながら答えている。

「美織さん、倉木君とこにお勤めやったのね。この前、志乃ちゃんのお世話してくれてた人よね?」

藤枝先生の中で、あの時の私と今の私が一致したようだ。

ずいぶん見かけが違うが、ちゃんとわかってもらえたらしい。

「そうです。何のご説明もせずにすみませんでした」

慌てて頭をさげた。

「吉木さんは催事部のエースなんですよ、先生!」

志乃さんが自慢気に言うと、「なんで志乃が自慢するんや」と、若旦那が呆れたような声を出した。

「そうなの!バリバリ働く女性は素敵ね」

藤枝先生から感心したように言われて焦る。
いやいや、催事部のエースでも何でもないですから。

母にも、『いわくら』の若夫婦を紹介する。

兄の友だちだと付け加えると、眼を丸くしながら、「織人の友だちは、なんで立派な人が多いの?」とコソコソと聞いてきた。

それは、私も思っていた。まあ、兄はグループの中のお笑い担当なのだろう。

「美織さん、紹介したい人があちらで待ってるのよ。いきましょうか」

藤枝先生の突然の言葉にびっくりする。

「え!紹介したい人ですか?」

「あら、お聞きになってないの?」

藤枝先生が、不思議そうな顔をした。

母を見ると、わざとらしく顔を背ける。

やられた!

突然お茶会に誘ってくるなんて、おかしいと思って警戒していたのに…

藤枝先生に会いに来たつもりだったが、当のご本人が仲人体質だということを失念してた。

「美織姉さん、お見合いするんですか?」

志乃さんが驚いたように訊ねてきた。若旦那も驚きを顕わにしている。

そうみたいです…

曖昧に笑うしかない。

「軽い気持ちで会ってみて。先方が、美織さんをぜひ紹介してほしいとおっしゃってるのよ」

藤枝先生にそう言われると、断ることができない。

「わかりました。では、お会いしてみます」

その場をうまくまとめたが、母には眼で圧力をかける。

心配そうに見ている志乃さんに、大丈夫と笑いかけ、藤枝先生の後ろについていった。

『どういうことよっ』

隣の母を吐息で問い詰める。

『だって、正直に言うたら嫌がると思って』

母はペロッと舌を出し、コソコソと言い返してきた。

でも、結婚に前向きになったところにこの話だ。運命の出会いかもしれない。気を取り直して、会うことにしよう。

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