私だけを愛してくれますか?

小競り合いをしている私たちに気づくことなく、藤枝先生は休憩室に入っていく。

今日はお茶の会ということで、お茶を頂く場所は別にある。なので、休憩室にはあまり人がいなかった。

和服の女性と、若い男性が座っているのが遠目に見える。

あれは着物?

目を細めて伺ってみる。
男性が着ているものは、一見着物に見えるが違う。
ネクタイをしているので、着物のようなスーツだ。

頭髪は銀色…

顔を確認するまでもない。私を待っていたのは、『ことぶき』の阿保ボンだった。

急に立ち止まった私に、「どうしたの?」と母が訝しげに聞いてくるが、体が拒否して足が動かない。

よりによって、なぜ阿保ボン!?

京都には他にもたくさん人がいるでしょ!!それとも、私が知らない間に人口が十人くらいになったとか?

絶望にも似た気持ちで項垂れる。

確か、藤枝先生は『先方が、美織さんをぜひ紹介してほしいとおっしゃってるのよ』って言ったよね?

阿保ボンが私を紹介してほしいとご所望ってこと?

でも会ったのは、祇園祭の一回だけだ。

あのやり取りで私のことを気に入ったの?阿保ボンの思考回路どうなってんのよ…

突っ立ってるわけにもいかず、しぶしぶ歩き出す。

私の姿を見つけて、阿保ボンは嬉しそうに立ち上がった。

「美織さん!」

隣の阿保ボンの母は、私を舐めるように見ている。

先行きに不安しか感じない。

藤枝先生に促され、母と私は席についた。

いかにも慣れてますというように、藤枝先生が話し始める。

ニコニコしている阿保ボンと、ジロジロ見てくる阿保ボンの母。

ありえなさに気が遠くなりそうだった。

今回初めて知ったが、阿保ボンは『寿田裕次郎(ひさだゆうじろう)』というらしい。

『寿田』だから『ことぶき呉服店』なわけね。何の得にもならないが、とりあえず豆知識として覚えておこう。情報通の瑠香ちゃんに教えてあげたら喜ばれるかな?

「かしこまった席じゃないので、気楽にいきましょう。裕次郎君は、美織さんとお会いしたかったのよね」

ボーっとしていると、藤枝先生の声が聞こえた。

「そうなんです!祇園祭の時にお会いして、お嫁さんにするならこんな人がいいって思ったんです」

阿保ボンが嬉々として、驚くべきことを言い出した。

「京都を離れた方がいいっていうアドバイス、感動しました。僕もそう考えていたとこなんで」

あれは嫌味だったんだけどなぁ…

ちゃんと意図が伝わらなかったということは、言い方が悪かったのか?
私には副社長のような小芝居は向いていないらしい。

< 107 / 134 >

この作品をシェア

pagetop