私だけを愛してくれますか?
小競り合いをしている私たちに気づくことなく、藤枝先生は休憩室に入っていく。
今日はお茶の会ということで、お茶を頂く場所は別にある。なので、休憩室にはあまり人がいなかった。
和服の女性と、若い男性が座っているのが遠目に見える。
あれは着物?
目を細めて伺ってみる。
男性が着ているものは、一見着物に見えるが違う。
ネクタイをしているので、着物のようなスーツだ。
頭髪は銀色…
顔を確認するまでもない。私を待っていたのは、『ことぶき』の阿保ボンだった。
急に立ち止まった私に、「どうしたの?」と母が訝しげに聞いてくるが、体が拒否して足が動かない。
よりによって、なぜ阿保ボン!?
京都には他にもたくさん人がいるでしょ!!それとも、私が知らない間に人口が十人くらいになったとか?
絶望にも似た気持ちで項垂れる。
確か、藤枝先生は『先方が、美織さんをぜひ紹介してほしいとおっしゃってるのよ』って言ったよね?
阿保ボンが私を紹介してほしいとご所望ってこと?
でも会ったのは、祇園祭の一回だけだ。
あのやり取りで私のことを気に入ったの?阿保ボンの思考回路どうなってんのよ…
突っ立ってるわけにもいかず、しぶしぶ歩き出す。
私の姿を見つけて、阿保ボンは嬉しそうに立ち上がった。
「美織さん!」
隣の阿保ボンの母は、私を舐めるように見ている。
先行きに不安しか感じない。
藤枝先生に促され、母と私は席についた。
いかにも慣れてますというように、藤枝先生が話し始める。
ニコニコしている阿保ボンと、ジロジロ見てくる阿保ボンの母。
ありえなさに気が遠くなりそうだった。
今回初めて知ったが、阿保ボンは『寿田裕次郎(ひさだゆうじろう)』というらしい。
『寿田』だから『ことぶき呉服店』なわけね。何の得にもならないが、とりあえず豆知識として覚えておこう。情報通の瑠香ちゃんに教えてあげたら喜ばれるかな?
「かしこまった席じゃないので、気楽にいきましょう。裕次郎君は、美織さんとお会いしたかったのよね」
ボーっとしていると、藤枝先生の声が聞こえた。
「そうなんです!祇園祭の時にお会いして、お嫁さんにするならこんな人がいいって思ったんです」
阿保ボンが嬉々として、驚くべきことを言い出した。
「京都を離れた方がいいっていうアドバイス、感動しました。僕もそう考えていたとこなんで」
あれは嫌味だったんだけどなぁ…
ちゃんと意図が伝わらなかったということは、言い方が悪かったのか?
私には副社長のような小芝居は向いていないらしい。