私だけを愛してくれますか?

「あら!倉木君やないの」

藤枝先生が驚きの声をあげた。

私は突然登場した副社長を見つめるだけだ。

「美織、しばらく仕事で会えてないからって、勝手にお見合いなんてしたらあかんやろ」

副社長は優しく諭すように言うと、私の額をコツンとつついた。

コントの第二幕?

観客が優吾から、阿保ボン親子に変わったけど。

でも、この前とは事情が違う。

だって、私はもう知ってるもの。副社長には…

動揺する私を無視して、副社長はなおも芝居を続けた。


「藤枝先生、美織は僕の恋人なんです。ちょっと忙しくて意思疎通がうまくいってなかったもんで」

副社長は頭を掻きながら、恥ずかしそうに言った。

「えっ!!」

ここにきて、初めて母が声を発した。

驚きで目を剥いている母に、副社長が頭を下げた。

「突然このような形でお知らせしてしまってすみません。きちんとお伺いして、正式にご挨拶をしますので」

母や藤枝先生まで巻き込んだ壮大な芝居に、もはや何も言うことができない。

藤枝先生が申し訳なさそうに口を挟んだ。

「そうやったの。勝手なことしてごめんなさいね。倉木君と美織さんは確かにお似合いやわ」

納得したようにうなずいた後、

「でも、裕次郎君にもお似合いの方がいるから安心してね」

固まったままの阿保ボン親子に、藤枝先生は事も無げに微笑んだ。

「じゃあ、美織は連れて行きます」

手を引き上げられて、呆然としたまま立ち上がる。

「お幸せにねー」

藤枝先生に明るく見送られ、その場を後にした。


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