私だけを愛してくれますか?
「あのぉ、この体勢は何なんでしょう?」目線が近すぎる!
「じっくり話さなあかんからな」
ジリジリと後ろに下がるが、帯をしているのであまり下がれない。
「俺の何を見たって?」
真剣な表情で訊ねられる。
「ぎ、祇園祭のすぐ後に、マンションの前で、副社長の社用車を見かけたんです。その時に、男の子を抱いた女の人が車から降りるのを見て…」
しどろもどろに説明する。
「男の子が『パパ』って副社長を呼んでたし、副社長も慣れたように抱っこしてたから…」
副社長は、ふーっと深いため息を吐いて項垂れた。
「それは妹と甥っこや」
「妹と甥!?」
そんなベタな話ある?
「だって、『パパ』って言ってましたよ!」
「甥は一歳を超えたところやが、まだ『ワンワン・ママ・パパ』しか話されへん。動物は全部『ワンワン』やし、男はみんな『パパ』や」
言葉が続かず、ウっと押し黙る。
子どもってそんなもの?小さな子が周りにいないからわからないけど。兄のところの伊織君はまだ喋らないし。
「妹は大阪に嫁いでる。七月の頭から旦那が長期出張に行ったからって、一ヶ月ほど帰省してた。あの日は、うちの親がたまたまおらんかったから、ここに来てただけや」
「神戸に行ったときに、パンダのパン買ってましたよね?あれは、お子さんへのお土産やったんやと思って…」
「確かにあれは甥へのお土産やな。嬉しそうにパンダのパン見て『ワンワン』言うてたけどな」
何を言っても即行で返される。居たたまれなくなって、思わず俯いた、
「あの女の人が志乃さんに似てたから…。『夏・京都』の時に、副社長が志乃さんにすごく親切やったのは、奥さんに似てるからかと思って」
最後の方は、小声になってしまった。猛烈に恥ずかしい。何の尋問を受けてるのだ!
「志乃ちゃんに似てたか?」
首をひねりながら、副社長は考える。
「あの時は急な出店をお願いしたし、志乃ちゃんは初めてのイベントやったからな。お前ならきちんと世話してくれると思って頼んだが、やきもちを焼くほど、親切にしてたなら悪かった」
「や、やきもち!?」
カっと顔に熱がこもる。
「そうやろ?違うんやったら、なんでそんなことが気になる?」
真面目な顔で問い詰められるが、『そうです。やきもちを焼いてました』なんて言えるはずがない。
「わ、わかりません…」
涙がじわっと湧いてくる。なんでこんなに問い詰められなあかんの?
ずっと悩んでた。忘れようと思っても、忘れることができずに苦しんだ。
声が聴きたくて、顔が見たくて。
でも、会えば苦しくなるのがわかっているから、避け続けた。
ポロっと涙がこぼれると、副社長は柔らかく微笑んで、指で拭ってくれた。
「何回か『蓮華』の大将に連絡入れてもらったやろ、頑なに店に来なかったのは、このせいやったんやな?」
コクっと頷くと、また涙がこぼれた。
「美織」
大きな両手が私の頬を覆う。次々にこぼれる涙は、すべて副社長の掌の中に落ちていった。
「紳士服売り場の件では辛い思いをさせて申し訳ないと思ってた。殻に閉じこもったままの姿を見て、責任を感じてたのも事実や」
なんとかしたい思ってもガードが堅いから、なかなかうまくいかへんかったけどな、と副社長は苦笑いをした。
「でも、ジョギング帰りに公園で一緒にパンを食べたあの朝、花が咲いたように笑う美織を愛おしいと思った。責任感とかじゃなく、ずっと笑顔をみていたいと思ったんや」
私の涙をもう一度拭った後、ギュッと抱きしめてくれる。
「美織が好きや。ずっと俺の横で笑っててくれ」
温かい腕の中。ここが自分の居場所だったんだと思えるほど、しっくりときた。
もう我慢しなくていい。ここにずっといててもいいんだ。
「わ、私もずっと好きでした…」
震える声で告げると、さらに強く抱きしめてくれた。