私だけを愛してくれますか?

*◇*◇*


「わぁ!すごい」

部屋を見て回りながら、感嘆の声を漏らす。
どうやら本当にマンションが好きらしい。

「そんなに、マンションがいいんか?」

理解に苦しんで質問すると、美織はマンションの良さを熱弁してくれた。エントランスがカッコイイとか、フローリングが素敵とか…。

「特にこのマンションは憧れてました。どんな人が住んでるんだろうと思って、ドンちゃんと張り込もうかと思ってたんですよ」

それは危険だ。コンシェルジュに見つかったら通報されるところだった。

「結婚の条件に、マンションに住むことって入れようと思うくらいマンションが好きなんです」

ほお。それはいいことを聞いたな。

「寝室も見てみるか?」

深く考えずに提案したが、美織は〝寝室〟という言葉に反応して真っ赤になった。

「さすがに寝室は…。でもベッドですよね?」

「キングサイズのベッドや」

「すごい!キングサイズのベッドなんてみたことないです」

眼を丸くして驚く顔が可愛すぎる。

「今日は着物やからやめとくが、次来たときにはベッドを使ってみよう」

意味を理解した瞬間、耳まで紅に染まった。

もしかして美織は経験がないのか?高校生の時のあの男以外につき合ったことはないのだろうか。

どちらでもいい。なんせ、不慣れなことは確かだ。

全ては俺に任せておけ。早々に次の訪問の約束を取り付けよう。

それとも…

「どうせなら一緒に住むか?広いし住みやすいぞ。いや、いっそ結婚するか。いつかは結婚するんや。早いか遅いかの違いだけやろう」

「な、何をいきなり!」

やっぱり驚く顔は可愛いな。笑顔の次にこの顔が好きかもな。
ふんふんと一人で納得する。

「結婚の条件、その一。マンションに住むこと。他に条件があるなら言ってみろ」

美織は赤い顔のままで、うーんと考える。

「朝食はパンがいい」

「俺はコーヒーしか飲まへんが、美織が食べるなら朝食作ってやる」

作ってくれるの?副社長が?と言って、クスクスと笑う。

「大(ひろむ)や。この状況で役職で呼ぶのはおかしいやろ」

じっと見つめると、恥ずかしそうに「ひ、ひろむさん…」と呼んでくれた。

堪らなくなって、もう一度腕の中に押し込める。

「ほら、他の条件は?三つ目はもうない?」

真っ赤な顔で見上げながら、「ドンちゃんに会いに帰ってもいいですか?」と言う。

「こんなに近所ならいつでも帰れるやろ。それに、ここはペット飼育可のマンションや。連れてきてもいいぞ」

顔がパッと明るくなる。そんなにあの猫が好きなのか。なかなか手ごわいライバルやな。

「それで?次は」

「子どもの名前に『織』はつけたくない」

思わずプッと噴き出した。

「だって、兄の子どもは『伊織』っていうんですよ。『織』はもう勘弁って感じです」

拗ねたように言う美織がたまらなく可愛い。

「二人で考えて、いい名をつけてやろう」

まだ見ぬ我が子が待ち遠しくなった。

「もうないか?なんでも叶えるぞ」

美織は考え込むようにしばらく黙り込んだあと、俺の胸に顔を埋めるようにギュッと抱きついてきた。

「他の人に目を向けないで。私だけを愛してくれますか?」

小さく呟く声が、直接体に響いてくる。愛しさでこらえきれなくなり、華奢な美織の体を力一杯抱きしめた。

「一番たやすい条件やな。それだけは何があっても大丈夫や。生涯お前だけを愛し抜くと誓う」

ワイシャツに美織の涙が染みてくる。震えながら頷く美織の頭を優しくなでた。

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