私だけを愛してくれますか?

「不自然な異動があったんです」

人事部から営業本部に異動した後、元同僚の結城から相談を受けた。

誰もいないミーティングルームにもかかわらず、不穏な話につい声を潜める。

「不自然とは?」

「紳士服売り場に配属された新人が、五ヶ月で催事部に異動になったんです。得意客とトラブルを起こしたというのが表向きの理由のようなんですが、何かおかしい気がして…」

通常の人事異動は、年に二回。四月と十月に行われる。

人事部が決めた異動は役員に報告され、取締役会議で承認された後、発表になる。

大きな会社ではないので、その辺は臨機応変に取り扱うが、新人が五ヶ月で異動になるのは極めて珍しい。

「新人って誰や?」

つい最近まで人事部にいたので、今年採用された全ての新人を把握している。

今年の新人は大当たりと言われていて、優秀な人材を多く採用することができた。

客とトラブルになりそうな子なんていただろうか。思いつかない。

「吉木美織さんです」

え?

想像だにしない名前に驚く。

「今年の新人は優秀な子が多いですが、中でも吉木さんはトップクラスの人材です。異動させられる程のトラブルを起こすとは考えづらくて。しかも、そのトラブルの内容が、我々にはおりてこない。知ってるのは部長クラスだけで、内密にされてるみたいなんです」

社員のトラブルは稀にあるが、人事部の中ではだいたい周知される。

もちろん極秘事項なので外部に漏れることはないが、部長間だけで内密にされるなんて聞いたことがない。

「うちは、風通しのいい会社のはずやけどな…」

「だから、不自然なんです」

鼻にしわをよせて、結城が結論付けた。

「わかった。ちょっと調べてみる」

< 118 / 134 >

この作品をシェア

pagetop