私だけを愛してくれますか?

その後、裏で調べてみるといろいろなことがわかった。

吉木美織は、得意客にストーカー行為をされ、それを内密に処理するために異動させられていた。

紳士服売り場の部長は、加害者の和菓子屋の若旦那と友人関係にあり、人事部の部長とは同期の間柄だという。

つまり、友人の醜聞を広めないようにするため、同期の人事部長に頼んで、被害者の女子社員を異動させたということだ。しかも、『顧客とのトラブル』などという、まるで吉木に非があるかのような理由をつけて。

真相を知った時、怒りがこみ上げた。

ありえへんやろ…

俺は仕事に個人的なしがらみを持ち込むことが好きじゃない。

冷淡と言われようが、知り合いに頼まれても融通を効かせることはしない主義だ。

今回のように友人をかばうために、部下の新人を切るなんてもってのほか。断じて許されることではない。

営業本部に異動してからは、取締役会議にも出席するようになっていたので、この件は、すぐさま役員に報告をした。

結果、紳士服売り場の部長と人事部長はそれぞれ降格の上、配送センターとお客様相談室に異動。
吉木美織については、人事部が面談し、本人の希望により催事部所属のままということで決着した。

部長二人は処分にショックを受けたようだが、当たり前やろ。
会社をなめんなよ。

吉木が催事部に残ることを希望したのは少し意外だったが、周囲の者からすれば納得の結果らしい。どうやら、彼女はイベントのアイデアもいいものを持っているし、企画の運営もうまいので催事部向きということだ。

結城も怪我の功名と言っていたが、会社にとって思わぬ人材の発掘に繋がった。

ただ…

地味な服装に、顔が半分くらい隠れるほどの大きな眼鏡と無表情。
それが彼女のトレードマークと言われるようになってしまった。

入社当時の生き生きとした表情、あの花が咲くような笑顔は見ることができない。
人を惹きつけるような魅力が仇になったので、それらを全て切り捨てることにしたようだ。

職場での嫌な体験がトラウマとなってしまったのなら、何とかしたい。そう思いつつも、何もできないまま日々は過ぎていく。

副社長に就任してからは、企画会議でたびたび顔を合わせるようになったが、こちらが何を言おうとテンプレの返事しか返ってこない。でも、本人がそいうやり取りを望んでいる以上、こちらからは何もできなかった。

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