私だけを愛してくれますか?

そんな日々のある日…

日課のジョギングが、いつもより少し遅い時間になったときがあった。

走り終えて、自宅のマンションに着こうかというとき、白いもこもこした物が目に入る。

何やこれ?

よく見ると巨大な猫だ。パン屋の店先に繋がれているところを見ると、飼い主が買い物中ということか。

近寄ると、ひっくり返ってお腹を見せる。

撫でてくれってか?ずいぶん人懐っこい猫やな。

フワフワの毛が気持ちいい。ワシワシと撫でていると、「すみません、うちの猫が何か?」という女性の声が聞こえた。

振り返ると、ワンピース姿の綺麗な人がいる。

「吉木か?」

驚きのあまり、無遠慮にジロジロ見てしまった。

「ずいぶんと雰囲気が違うな」

久しぶりに見た自然な姿。

始めた会ったときも綺麗だと思ったが、年を重ね、柔らかな雰囲気も兼ね備わっていた。

すぐに別れるのが惜しくて、一緒にパンを食べようと誘ったが、不自然だっただろうか。

穏やかな時間を過ごすうちに、何とも言えない幸せな気持ちがこみ上げる。

時折見せてくれる笑顔は待ち望んでいたものだ。

この笑顔をずっと見ていたい、そう思ったら柄にもなく『ずっと笑顔でいろ』なんて臭いセリフを口にしていた。

何を言ってるんだ、俺は。
思ったことが自然と溢れてしまったことに狼狽する。

ムズムズするこの気持ちに思い当たることはあるが、まさかな。

恋愛事は既に卒業したはずだ。

仕事が落ち着いたら、適当な相手と見合いでもして結婚しようかと思っていた。

とにかく冷静になろう。

相手は、うちの社員で友人の妹だ。

弾む気持ちに名前を付けることは後回しにした。


なのに…

『蓮華』で豪快にビールを呷る彼女を見た。

ずっと仕事中の無表情な顔しか見ていなかったところに、久しぶりのあの笑顔。
ついでに飾りっ気のない素朴な一面まで見てしまった。

これは負けたな。完敗や。

人生最後の恋におちた。この先、彼女以上の人は現れないだろう。

しかも、偶然知った彼女の過去の辛い出来事。

彼氏に浮気をされた経験がありながら、あのストーカー行為が重なったら、それはトラウマになるやろう。

誰も寄せ付けない頑なな態度に胸が痛んだ。

よし、気持ちは決まった。美織と一緒に生きていく。

もう大丈夫や。二度と辛い思いはさせへんぞ。

美織を笑顔にすることが、これからの俺の人生の目標…

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