私だけを愛してくれますか?
*◇*◇*
「それはよかったな」
グラスを差し出してきたので、コツンとグラスを当てる。
お互いグラスの中のビールをグッと飲みほした。
「連絡しなくて悪かった。ちょっとバタバタしてたから。美織とは二月に結婚することが決まった」
飲んでたビールをブーっと噴き出して仁が叫んだ。
「け、結婚!?」
「汚いな。お前、自分で拭けよ」シレっと答えて、おしぼりを渡す。
「あれから二か月も経ってないぞ。急すぎるやろ!」
汚したところを拭きながら聞いてくる。育ちのいい仁は、根っから素直なのだ。
「お前だって志乃ちゃんと再会したその日に、結婚決めたやろ。同じや同じ。俺らほんまに仲がいいな」
仁は嫌そうな顔でジトッと見ながら、気色悪いこと言うなとぼやいた。
「三月は決算やし、四月からは二号店のことで本格的に忙しくなる。だから二月がギリギリや。また招待状出すから来てくれ。志乃ちゃんもぜひ」
仁の分もビールを追加注文しながら、話を続けた。
「二月か…。二月やったら、志乃は無理かもわからん。三月に出産する」
腕組みをして考え込む様子で仁が言う。
今度は俺が飲んでいたビールを吹き出した。
「出産!?いつのまに子どもができててん」
「汚いな。お前、自分で拭けよ」ニヤリとしながら、おしぼりを渡してきた。
「九月に会ったときは、妊娠四ヶ月やった。言おうと思ったのに、お前が王子様のように美織ちゃんを抱いて退場したから言われへんかった。残念やったなぁ」
とぼけたように頭を振りながら言う様子は、どう見ても残念に思っている感じではない。
……王子様。これは一生ネタにされる案件になったな。
心の中でガックリしながら、俺も素直に汚したところを拭いた。
でも、仁が親父になるのか。実に感慨深い。
「それは、よかったな」
グラスを差し出すと、仁はコツンとグラスを当てた。
「お互い、いい春になりそうや」
「そうやな」仁が穏やかに頷いた。
仁と出会ってから二十年以上の時が経った。お互い老舗の店を継ぐ身。
共に夢を語り重圧に耐えながら、切磋琢磨して頑張ってきた。
これから、どんどん家族が増えても変わることなく時間を重ねていくことだろう。
「お前ら二人で何しみじみと話してんねん!」
周りがワーワーと騒ぎだし、仁と俺の間に別のやつが乱入してくる。
「しょうがないな。ガンガン飲むぞ」
俺はさらにビールを追加して、騒ぎ立てる仲間の輪に溶け込んでいった。