私だけを愛してくれますか?

*◇*◇*


引き戸をカラカラと開けると、「いらっしゃいませ」と声がかかった。

「おー、美織。おつかれさん」

大きな体が忙し気に目の前を通り過ぎて行く。

『蓮華』は今日も、お客様でにぎわっているようだ。

先日終わった『クロワッサン食べ比べフェア』は私が企画したものの中で、最も多くのお客様を集めたイベントになった。クロワッサン自体の単価が安いので、イベント自体の売上はそれほどでもなかったが、イベント期間中は百貨店全体の売上があがったので、大成功と言えるだろう。

今日はここで大さんと待ち合わせをしている。結婚式の招待状ができあがったので、蓮と華に渡しに来たのだ。『蓮華』は私たちの始まりの場所だし、蓮と華がいなければ、結婚に踏み切ることはなかったかもしれない。二人には心からの感謝の気持ちを伝えたかった。

二人に大さんとのことを話したときは、あまり驚かれなかったので拍子抜けだった。

『そうなるやろうと思ってた』と当たり前のように言われてこっちが驚いたくらい。

しかも大さんが〝くらき百貨店の副社長〟だと告げた時も、『想像通りの役職やな』と言うのだ。

一体どうなってんの?と思ったが、蓮も華も微笑むだけで、何も教えてくれなかった。


「先に飲んどくか?」おしぼりを渡しながら蓮が聞いてくれる。

「もっちろん!」

以前、大さんが来るまで飲まずに待っていたことがあった。でも、その時に、『飾らない美織が好きなのだから、余計な気をまわすな』と言われたので、それ以降は待っていない。

大さんは、付き合い始めてから、事あるごとに愛情を伝えてくれる。初めは照れてしまって毎回慌てていたけど、今はずいぶんと慣れた。

私は、冬でもビール派なので、蓮も何も聞かずに生ビールを持ってきてくれる。
ホカホカと湯気を立てる鉢も一緒に出されたが、中には聖護院大根(しょうごいんだいこん)の煮物が盛り付けられていた。

「美味しそう!いただきまーす」

ビールを一気に呷ると、「見事な飲みっぷりやな」と声がかかった。

「なんかデジャヴ?」ジョッキを持ったまま、首をかしげる。

ハハハという笑い声と共に、髪をくしゃっと撫でられる。

「俺の三番目に好きな美織の顔や。一番好きなのが笑顔、二番目が驚いた顔、三番目がビールを飲んでる顔」

指折り数えながら、嬉しそうに説明してくれる。

「一番はいいとして、二番と三番はどうなの?」

ジトッと見ると、その顔も可愛いなと言われた。

「……ダイさんがそんな風になるとは夢にも思いませんでしたよ」

おしぼりを渡しながら、蓮がげんなりしている。

私もそう思う。こんな甘々な人だとは夢にも思わなかった。

「恋愛期間が短いから、濃密なものにしとかな」
大さんは真面目に説明する。

その後で、「結婚しても同じように溺愛するけどな」と付け加えると、蓮は「げっ!勘弁してください」と言いながら逃げて行った。

大さんとこうして外食するのは久しぶりだ。今はもっぱらマンションでご飯を作って待っていることが多い。料理が得意じゃない私にとっては大変なことだが、母と華のスパルタ教育のお陰で何とか頑張れている。

< 127 / 134 >

この作品をシェア

pagetop