私だけを愛してくれますか?

家に着くと、母がバタバタと忙しそうに動きまわっている。

「何事や?」

「倉木さんが挨拶に来られるのよ。あんたもちょっと手伝って!」

「挨拶!?」

男がつきあっている女の子の家に〝挨拶〟に行く。これほど意味深なことが他にあるだろうか。

「まさか、結婚するとか言うんちゃうやろな…」

気が遠くなりそうだった。大事な美織が嫁にいくなんて!

「あら!あんたもそう思う?そんなことになったらどうしましょ」

母は完全に浮かれ切っていた。

とにかく手伝ってと母が用事を言いつけるので、伊織をリビングに置きに行く。

リビングでは父が何事もないかのように本を読んでいた。娘が嫁にいくかもしれないというのにこの余裕。

親父、頼むから反対してくれよ。じっと見て念を送る。

父の膝の上にはちょうどドンがいたので、「ドン!伊織のこと頼むで」と声をかけた。

飼い猫のドンは、子守がうまい。伊織の傍に座って、しっぽでうまく遊ばせる。

ゆらゆら揺れるしっぽを掴もうとすると、サッと引かれてつかめない。それが楽しいらしくて、伊織はよだれを流さんばかりに大喜びするのだ。

「なぁーご」

めんどくせーなという感じだが、実はドンもまんざらではないのだ。ちゃんと伊織の傍に行ってくれたのをみて、俺は母の手伝いに戻る。
美希もランチの帰りにこちらに来てくれて、みんな総出で大騒ぎになった。

年末の大掃除かというほどに片付けられた客間には、母が活けた渾身の花が飾られる。

「この日をどれだけ待ったことか…」と母が言えば、「美織ちゃん、よかったですね…」と美希も言う。二人で手を取り合って、今にも泣きそうだった。

いや、まだ結婚の挨拶かどうかなんてわからんやろ。

俺は憮然としてリビングに戻った。

伊織は好きなアニメのビデオを観ながら、おとなしくドンにもたれかかっている。

ドンはそんな伊織の背中を優しくしっぽで撫でていた。

「ドン、今から美織を奪いに悪い奴が来るからな。二人で力を合わせて美織を守るぞ」

真剣に訴えかけると、『あい、わかった』と言うようにドンは頷いた(ように見えた)。

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