私だけを愛してくれますか?
しばらく間が開き、ようやく声がかかった。
「それで?どうするつもりや」
底辺を這っていたバリトンが、少しだけ浮上したのを感じる。
頭をゆっくり上げ、副社長の顔を見て、眼から怒りが消えかかっているのを確認した。
副社長も早急に話を進めないといけないことはわかっているのだ。
ホッと息を吐いた。
「浴衣を出店してくれるお店を探します」
私は用意してきた資料をテキパキと配りながら説明を始めた。
「出店予定だった『ことぶき』は着物をアレンジした洋服の他に、浴衣も出す予定でした。当初、うちの班でも浴衣を出す方向で考えていたので、出店候補のお店のリストアップはしていたんです」
渡した資料には、京都市内にある呉服屋の名前が五店舗載せてあり、それぞれのお店の特徴などが記載されてあった。
「一番狙いたい店はどこや?」
資料を見ながら、副社長が聞いてきた。
「『いわくら』です」
迷いなく答える。それは前から決めていたのだ。『ことぶき』のゴリ押しがなければ、老舗呉服屋の『いわくら』に出店をお願いすることにしていた。
「吉田部長は、それで大丈夫ですか?」
副社長は部長にも確認を取った。
「『いわくら』さんが引き受けてくださるなら、最高の代替案だと思います」
もちろん反対などあるはずない。『いわくら』は京都で最も有名な老舗呉服屋なのだから。
「ただ気になることがありまして。『いわくら』は最近ドラマや映画の衣装協力で忙しいそうです。若旦那があまり京都にいないらしく、イベント出店してもらえるかどうか…」
これは瑠花ちゃん情報。『いわくら』の若旦那は映像の分野に進出していて、自身も雑誌に載ったりしてるそうだ。いかにも忙しそうだが、とりあえずはダメ元で『いわくら』に当たってみようと班では決めていた。
「わかった。では、ここからは吉木と話を詰めます。吉田部長と袴田さんは戻ってください」
突然、副社長が話をまとめた。