私だけを愛してくれますか?
軽く夕食を取り、部屋に戻って着替えをする。
固く結んでいた髪を解すと、それだけで頭に血が巡るのがわかる。メガネをはずし目頭を揉むと、一日酷使した目もじーんと痺れるようだった。
前はコンタクトをしていたのだが、あることをきっかけにメガネに変えた。
今は地味な茶色いフレームの物を使っているが、このメガネと無表情な顔が私のトレードマークになっているので変えるつもりはない。
会社ではきちんとメガネを装着するが、家ではほとんど着けない。ぼんやりとした世界が心地いいので。
白い長袖のTシャツにマキシ丈の綿のスカートに着替える。色とりどりの花が咲く、そのスカートは最近のお気に入りだ。夜は少し冷えるので、カーディガンを羽織った。
仕事の時は地味な色のパンツスーツしか着ないので、普段は明るい色の物を身につけている。オンとオフの切り替えは大事だ。
髪をシュシュで軽く結んで、小さなバックに小銭入れとスマホを入れる。
夜の散歩は準備からウキウキした。
「ドンちゃん行くよ」
お散歩用のハーネスを装着しながら、声をかける。
全く気乗りしない様子のドンちゃんを追い立てながら、外に出た。
ドスドス歩くドンちゃんと夜の街を行く。出かけるまでは、『だりー』という感じのドンちゃんだが、いったん外に出るとやはり気持ちいいのか、積極的に歩くのだ。
「すごい!あの猫むちゃくちゃ大きい」
すれ違う女子高生が小声でこそこそ話すのが聞こえた。
女子高生の視線に構うことなく、貫禄充分に歩くドンちゃん。
早く痩せないと有名猫になりそう。
昔は一軒家が多かったこの近辺も、最近はマンションが多く建つようになってきた。
私は昔ながらの日本家屋に住んでいるので、マンションに憧れる。兄夫婦が住んでいるマンションに初めて行った時にも興奮した。
玄関が引戸じゃない!
古い家に住む者にとっては、まずそれが感動なのだ。
それに、全ての部屋がフローリングで、寝室にはベッド。
今でも和室に布団を敷く生活をしているので、ベッドには本当に憧れがある。
結婚の条件はマンションに住むこと。
これは冗談ではなく、かなり真面目に考えている。
ドンちゃんとの散歩道にも最近素敵なマンションが出来た。
京都市は条例で高層の建物が規制されているため、マンションも低層。
いま気に入っている、このマンションも五階建てだ。
あまりにも気に入ったので価格を調べてみたら、目が飛び出るほど高かった。
こんな所に住む人はどんな人なんだろう。やっぱり御曹司とか?
一回張り込んで、どんな人が住んでるのか見てみたい。
うちのお兄ちゃんもいちおう『吉木織物』の跡継ぎだから、御曹司と言えなくもないけど。
ここ買ってくれないかなぁ。
そんなことを思いながら、ドンちゃんと夜の街を歩いた。