私だけを愛してくれますか?
扉が閉まったところで、ふと足を止める。
ドンちゃんの側にしゃがみこんで、ワシワシと撫でている人がいたからだ。
誰?
びっくりして慌てて走り寄った。
「すみません、うちの猫が何か?」
「ああ、勝手に撫でて申し訳ない。あまりにもフワフワだったから」
ん?このバリトンは…
ジョギングの格好をした男性がスッと立ち上がった。
「副社長!?」
びっくりどころの騒ぎじゃない。
なぜ副社長が!
副社長もびっくりした様子で私を凝視した。
「吉木か?」
「えっ、副社長、どうしてここに?」
「朝のジョギングは日課やから。今日は仕事が休みやから遅くなってしまったが」
いやいや。そうじゃなくて。
なぜここでジョギングをしているのかを聞いているんです。
「もしかして、ご自宅がこの辺りとか?」
お願い、違うと言って!
副社長がご近所とかありえへん。
「そう。あれや」
指を指す方向を見ると、私のお気に入りのマンションが!
うそー!
張り込まなくても居住者発見した。やっぱり御曹司だ!
「最近、新しく建ったからな。俺も先月越してきたところや」
爽やかに笑う副社長は、ちゃんとジョギング用のTシャツを着て、下はハーフパンツだ。
キャップを目深く被っているので、声を聞かないと誰だかわからなかったかもしれない。
スーツしか見たことがないので、新鮮というか何というか…
明らかにオフモードの副社長を直視できない。
でも、間違ってもカッコいいという表現を使いたくなかった。
だって別に興味なんてないし!
キャーキャー言ってる女子社員とは違うんやから。
とにかく、早く立ち去ろう。ソワソワして落ち着かない。
「吉木はずいぶんと雰囲気が違うな」
柔らかく言われて、顔が一気に熱を持った。
やっぱり突っ込まれた。
仕事の時からは考えられないような普段着だし、メガネもしていない。
真っ赤であることは自覚しつつも、「私もお休みの時は、スーツは着ません」と強がってみる。
いつもは、キリッと見据えるところだが、困り果てて下を向いた。
「かわいい。よう似合ってる」
甘い声で言われて目を剥いた。 何を言い出すの、この人は!
私の動揺には顧みず、副社長は次々と爆弾発言を落とす。
「そういえば、織人の家は北山や言うてたな」
織人って。お兄ちゃんと知り合い!?
嫌な予感がする。そういえば同じ歳のような…
「もしかして、兄をご存知ですか?」
恐る恐る聞いてみたが、呼び捨てにするくらいなんだから答えは決まってる。
「知らんかったんか。吉木織人と俺は大学のゼミ仲間や」
予想通りの返答にがっくりとうなだれる。やっぱり友だちなのね…
「ちなみに、『いわくら』の若旦那も同じゼミや。まあ、岩倉仁と俺は中学校からの友だちやけどな」
なるほど。道理で親しげだと思ったわ…って納得してる場合か!
最悪だ…
こんなことある?上司と取引先の若旦那が兄の友だちなんて。