私だけを愛してくれますか?

イベントは大いに賑わった。来場者数も、売り上げも上々だ。

志乃さんも始めはぎこちなかったが、どんどん接客がうまくなっていき、安心して見ていられるようになった。

『いわくら』の若旦那は、心配なのかしょっちゅう見にくる。
志乃さんを見守る目に愛情が溢れていて、私ですら羨ましいと感じるくらいだ。

志乃さんには若旦那以外にも応援団がいるようで、日替わりで誰か彼かが来場する。

その中に、京都で有名な双子のご婦人がいた。

京都では、やはり華道、茶道、着物関連の分野は大切にされる。
最近では、華道、茶道の体験コースや、着物のレンタルなども京都観光の目玉だし。

双子のご婦人は、着物の着付けの織田(おだ)先生と、華道の藤枝(ふじえだ)先生といって、京都では知らない人がいないくらい、有名なお二人だ。

『いわくら』の女将さんも著名な方なので、その繋がりで志乃さんの応援ってとこかな。志乃さん自身も、みんなに可愛がられていそうだし。

お二人が現れた途端、挨拶をしに来る人がわらわらと涌き出て驚いた。副社長もお知り合いのようだ。

実は、うちの母が藤枝先生の華道教室に通っている。

華道教室の発表会に行ったことがあるので、藤枝先生にはお会いしたことがあるのだ。でも、その時は、『吉木織物』の娘として挨拶したので、『百貨店の店員=吉木の娘』とは気づかないだろう。

この場で、「母がお世話になっております」と言うのも変な話なので、ただの店員としてご挨拶をしておいた。

すると、藤枝先生がススっと寄ってきて、「あなた、えらい綺麗やけど、もう誰か決まった人おる?」と聞いてきたので面食らった。

私にそんなことを聞いてくる人は初めてだ。
自分で言うのもなんだが、こんなに冷たい雰囲気を醸し出しているのに。

藤枝先生は仲人体質の人だったのか!

思いがけないことに驚いていると、志乃さんがサッと現れて、「スミマセン、スミマセン」とペコペコしながら、藤枝先生を引きずっていった。まあ、そうだろう。まっとうな対応だと思う。

でも答えることくらい構わないけど。
「結婚には興味ありません」と答えるだけだ。

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