私だけを愛してくれますか?

イベントの撤収が終わり、私たちの仕事も無事終わった。

土日とも出勤していたので、明日と明後日は連休をもらえることになっている。

午後十時。夕食には遅い時間だが、『蓮華』に寄ることにした。

実は、優吾に会ってみようかと思っているのだ。ふと、一歩踏み出したいという前向きな気持ちになった。
この一週間、幸せそうな志乃さんを見続けて、影響されたのかもしれない。

辛い経験もしてきたが、長年抱えていたしこりを一つ一つなくしていきたい。そう決心すると気持ちが明るくなった。

蓮と華にはずっと心配をかけてきたので、今の気持ちを話すときっと喜んでもらえるだろう。


白いのれんをくぐり、扉を開ける。

「いらっしゃいませ」

相変わらずの野太い声。

でも、この声を聞いて、華の顔を見ると気分が落ち着く。自分の居場所に帰ってきたという気がするのだ。

「おう!美織、お疲れ様」

蓮が出迎えてくれた。遅めの時間だからか、お客様は一組しかいない。

「遅い時間にごめん。まだ大丈夫?」

「全然平気や。よう来たな」

にこやかな蓮の顔にホッとする。

他にお客様がいるので、調理場の華にも控えめに会釈をすると、微笑みながら、華も「いらっしゃい」と言ってくれた。

「今日は、美織の好きな賀茂なすがあるよ。田楽にする?あとは、明石のタコがあるから、唐揚げとタコ飯かな」

「わーい、いい時に来た。それ全部食べる!」

最高!来た甲斐があったというものだ。

「この時間まで仕事やったんか。大変やな」

おしぼりを渡しながら蓮が聞いてきた。

「今日までイベントやったから、撤収作業してた」

熱いおしぼりで手を拭きながら答えた。

「『夏・京都』っていうイベントしてたな。あれは美織のイベントやったんか。うちのお客様も行って、楽しかった言うてたぞ」

嬉しいことを言ってくれる。思いがけず、お客様の生の反応を聞けてよかった。

特に注文を聞くこともなく、蓮は生ビールとそら豆を持ってきてくれる。

「あぁ、ここに来たら季節を感じるわ。夏が始まるって感じ!」

いそいそとビールのジョッキを持つ。

扉が開く音がして、蓮が「いらっしゃいませ」と言っているのが聞こえた。

遅い時間でも繁盛してるなあと感心しながら、一気にビールを呷った。

「見事な飲みっぷりやな」

< 59 / 134 >

この作品をシェア

pagetop