私だけを愛してくれますか?
夢を見ていた。
広い陸上競技場のスタートラインに立つ夢。
沸き立つような歓声と顔を撫でる微かな風。私は目をつむり、意識を集中させていく。
審判の合図で、スターティングブロックに足をかけ、ピストルの音だけに集中する。
『パンッ』
乾いた音に瞬間的に反応し、弾かれたように飛び出した。
はずなのに…
えっ!体が動かない。って言うか苦しい。
何この重さ。息が止まりそう。
誰か、助けて!
意識がすーっと戻ってきて、眼を開けた。
「ぶみー」
巨大な猫が、目を細めてこちらを見ている。
なんだ…。詰めていた息をハーっと吐き出した。
「ドンちゃん。寝てる時に上に乗らんといて。死ぬかと思ったやん」
飼い猫ドンちゃんは、油断するとすぐに上に乗ってくる。
貫禄のある体つきをしているので、その大きな体で乗られると、こちらが寝た状態では窒息の危機を感じるほどだ。
「ねえ、ドンちゃん。降りてよ」
『やだね』と言うようにプイッと顔を背けて、ドンちゃんは居心地のいい場所を探すようにぐりぐりと体を押し付けてくる。
仕方なく私の方が体をずらし、布団から這い出た。
それがご不満だったようで、ドンちゃんはフンっと怒ったように部屋を出ていってしまう。
やれやれ。寝る時は必ずフスマをしっかり閉めないと。
昨日の夜は、確認したつもりやったけど…
危うく飼い猫に潰されかけた私、吉木 美織(よしき みおり) 二十九歳。
目覚めは最悪だが、今日もがんばって働くとしよう。