私だけを愛してくれますか?
聞き覚えがあり過ぎるバリトンに、びっくりして吹き出しそうになり、慌てておしぼりで口を拭う。
「ふ、副…」
最後まで言う前に、口を手でふさがれる。
「役職で呼ぶな。ここの店では『くらき』のことは言ってない」
耳元で囁かれて、一気に顔の温度が上昇した。
く、口を手でふさがれた…
男らしいがっしりとした手を直接唇に感じて、顔が真っ赤になった。
「美織はダイさんと知り合いなんか?」
蓮は驚いたようだが、勝手に理由を思いついたらしい。
「そうやった。ダイさんは、織人さんが連れてきてくれたんやから当然やな」
「お兄ちゃんが!?」
っていうか『ダイさん』って誰?
「その繋がりちゃうんか?織人さんとダイさんは、学生時代からの友だちって言ってたけど」
蓮は怪訝そうな顔をした。
「いや、そうや。ここで会ったんは初めてやから、びっくりしたんやな?美織ちゃん」
余計なことを言うなよと、副社長は目で脅してくる。
コクコクと頷きつつも、『美織ちゃん』と呼ばれたことに狼狽してしまった。
副社長は当たり前のように隣に座り、華や蓮とにこやかに話し始めた。
なんかいつもの副社長とは違う雰囲気。和やかって言えばいいのかな。
私は、黙って様子を伺っていた。
私と同じように本日のオススメを聞いて、副社長は注文を済ませた。
タコはお造りにして、賀茂なすは〝揚げ出し〟にするようだ。
『揚げ出しなす』も美味しいよね、いいなぁ…って、違ーう!
「副社長、聞きたいことが満載なんですが」
口を開かずに、コソコソと話す。腹話術か!
「おぅ、なんでも聞いてくれ。『美織ちゃん』」
ニヤニヤと笑いながら話す副社長にムカつく。からかい方が更にバージョンアップしたようだ。
『蓮華』は私の憩いの場やのに、副社長が通っていたなんて。
なんかこの人、最近やたらと私のテリトリーに進出してきてない?