私だけを愛してくれますか?
「兄とここに来たんですか?」
「そうや。ここのご夫婦はお前の友だちやったんか。織人からは特に聞いてなかったな。前からの知り合いやとは言ってたけど」
華に兄を紹介したのは私だ。
華が料亭で修行をしていたときに、私がそのお店に連れて行った。
なんせ高級料亭だったので、スポンサーがいないと行けなかったのだ。
華が独立して新たにお店を構えることになったとき、兄にも知らせはした。
始めは馴染みのお客様を増やすことが大変だし、力になれればと思ったのだ。
でもよりによって、副社長を連れてくるとは。
「なぜ、身元を隠してるんですか?」
「ここには元々、織人の友だちということで来たしな。『蓮華』は落ち着くいい店や。プライベートで使いたい。『くらき』の名前を出して、気を使われたら嫌やろ」
うーん。ごもっとも。
「だから、お前も役職で呼ぶなよ。俺はお前の兄の友だちや。名前で呼べ」
ひー。また無茶なことを…
「名前で呼ぶ機会を作らないようにします」
きっぱりと言い張った。
「もう一つ、『ダイさん』って何ですか?」
「昔からそう呼ばれてる。俺の名前知ってるか?」
「ひ、ひろむさんですよね?」
名前で呼ぶ機会が早々に来てしまった。
「『大』と書いて『ひろむ』や。珍しい読み方やから、ちゃんと呼ばれることは少ない。昔からあだ名は『ダイ』や。織人にもそう呼ばれてる」
はー、そうですか。
質問がすべて終わったタイミングで、副社長のビールと、私の料理が運ばれてきた。
副社長は、タコの唐揚げと賀茂なすの田楽を見て、「うまそうやな」とつぶやく。
「二人で取り分けるといろいろ食べられますよ。分けますか?」
蓮が余計な提案をしてきた。
「そうしよう。美織もいろんな物食べたいやろ」
ちょっと!勝手に決めんといて。
確かにタコのお造りと、賀茂なすの揚げ出汁も美味しそうと思ったけど。