私だけを愛してくれますか?
いや、今『美織』って呼び捨てしなかった?
気づいてしまったからには、スルーできない。思わず、副社長の顔を凝視してしまった。
蓮が取り皿を持ってきて、
「美織。いつもお一人様やったけど、今日はお二人様になってよかったな」と嬉々として言う。
また、蓮は余計なことを!
「そうか。美織はいつも一人なんか。これからは俺が一緒に来たるからな」
上機嫌で話す副社長を横目で睨む。
コイツ、完全に調子に乗ったな。もう上司であろうが関係ない。『コイツ』で十分だ。
クスクスと笑い声がするので前を向くと、カウンターの向こうで華が笑っていた。
「美織のそんなとこ久しぶりに見た。元々は喜怒哀楽が激しくてわかりやすいタイプやのに、最近は澄ました顔ばっかりしてたから」
「へえ、そうやったんか。これからはどんどん笑って、怒って、泣いてもらおう」
大げさに目を丸くして副社長は嬉しそうだ。
「いや、笑うのはいいけど、泣かさんといてくださいよ」
慌てたように蓮が言って、三人で大笑いしている。
これはもしかして、おもちゃにされてる? 私は憮然とした。
おかしな展開になっているのが腑に落ちない。
でも、空腹には勝てないので、「冷める前にどうぞ」という蓮の言葉に、食事を始めた。
味噌を塗って炙られたなすを頬張る。
頬っぺたに手を当てて、「華、天才!」と控えめに叫んだ。
「ありがとう」と華は笑っている。
ビールをごくごく飲んで息をつく。これぞ、小さな幸せ。
副社長も穏やかに、「ほんまにうまいな」と箸を動かしている。
副社長に就任して二年。私には想像もできないくらいの重圧に耐えてきたのだろう。副社長の言う通り、『くらき百貨店の副社長』ではなく、ただの『倉木大』でいられる時間を大切にしたいという気持ちは痛いほどわかる。
いろいろと腑に落ちない点はあるけれど、今日のところは許してあげるとするか。
楽し気に蓮と話をしている副社長を見ながら、私もつい笑顔になった。
いつもなら、生ビール一杯と冷酒一合だけにするところだが、今日は副社長に勧められるままに、杯を重ねる。
最後のタコ飯にたどり着く頃には、立派な酔っ払いになっていた。
とっくに他のお客様はおらず、蓮も副社長に勧められてビールを飲んでいる。
華はまだ作業をしながらだったけれど、楽しい飲み会のようになっていった。
フワフワといい気分でみんなの話を聞き、私もいつになく明るく話す。
優吾のことを話そうと思ってたけど、また今度でいいわ。
だって、こんなに楽しいのは久しぶりやし…
美味しいものを食べて、「美味しいね」と言い合うことができた。フフフ、嬉しい。