私だけを愛してくれますか?
「あのぉ。ふ…」
言いかけたところで、手で口をふさがれる。
「役職で呼ぶなって言うたやろ」
カっと頬が熱くなって、コクコクと頷く。
こっちこそ、手で口をふさぐのはやめてほしいんですけど!
副社長は、優吾が立った席に座ると、「喉が乾いたな。大将!ビール頼む」と言ってネクタイを緩めながら、くつろぎだした。
「『ビール頼む』じゃないでしょ!なぜここにいるんですかっ?」
机をバンっとたたいて、前のめりになる。
「おっ!怒ってるな。よしよし、頑張ってるやないか。ええ感じに感情出せてる」
またしても頭を撫でられて、中腰のままフリーズする。
怒ってんのに、何で褒められてるのよ…
そこへ蓮が、笑いながら生ビールを二つ持って入ってきた。
「この前『優吾と会う!』って突然美織が叫んだ時、実はダイさんもいてた。席外してたっていうのは嘘や」
とんでもないことをサラッといいながら、蓮はビールをテーブルに置き、私に何か言われる前に、とっとと退散していった。
「優吾って誰や?って聞いたら、お前が昔のことペラペラ話し出して、『前に進みたい』って言うから、よし!それなら俺が立ち会ってやるということになった」
副社長は笑いながらそう言うと、ビールを呷る。
「ほんまのこと話したら、お前絶対いやがるやろ?だから、内緒にしとこうってことにした」
驚きの事実に目を見開く。
昔のことをペラペラ話した? 私が?
自分が元凶か!
くーっ!あの日の自分に説教は半分くらいでいいと思ってたけど、がっつり膝詰めで説教が必要だった。
がっくりと項垂れる。
「立ち合いなんて必要ないでしょ?何なんですか、一体…」
「いや、立ち会ってよかった。あの男、あわよくば縁りを戻す気やったな。お前は前に進むと決めたんやから、過去は断ち切らなあかん。婚約者っていうのはアドリブやったが、なかなかいい手やったな」
副社長は、ハハハと軽やかに笑ったあと、真面目な顔になった。
「お前、明日が誕生日らしいな。ちょうどいい、すべて今日でリセットしろ。紳士服売り場のことも全部な」
真剣な目つきで、促してくる。
ギクッと固まったまま、見つめ返す。
私が入社する直前に人事部を離れたって言ってたけど、やっぱり副社長は知ってたのか…