私だけを愛してくれますか?
その後、この件は大きな問題にならなかった。
と言うのも、相手が上得意のお客様だったので、部長の判断で大事にしないことになったのだ。
ただ、お客様とトラブルになったということで、私は直接お客様と接することのない催事部に異動になった。急な異動になったが、紳士服売り場と人事部の部長しか事情は知らないと聞いている。全ては、若旦那を守るためになされたことだということは、新人の私にもわかった。
異動になるときに、『吉木さんは見栄えがいいし、ニコニコと愛想がいいから、お客様が誤解したんやな。あんまり愛想がいいのも考えものやで』と咎めるように部長に言われ、愕然とした。
私に問題があった?
ただ一生懸命接客をしていただけなのに。
このときの気持ちは、失望なんて簡単な言葉では片付けられない。
このことがきっかけで、私は、職場では常にダークな色のパンツスーツを身につけ、顔の半分を覆うくらい大きなフレームの眼鏡をかけるようになった。
もう誰の目にも留まりたくない、周りの人とも関わりたくない、その一心だった。
些細な会話からトラブルが発生することが身に染みてわかったので、仕事以外の会話はしない。愛想がいいと思われないように、無表情で過ごす。
その上、優吾のことで感じていた〝若旦那〟に対するわだかまりが、『嫌悪』に定着した。和菓子屋の若旦那が既婚者であったことも、さらに嫌悪感を増長させることになった。
優吾といい、若旦那といい、結局男というものは、一人の人をずっと愛することができない生き物なんだ。
そう結論を出して、今の私が出来上がった。