私だけを愛してくれますか?
*◇*◇*
「紳士服売り場の一件は、お前に何の落ち度もなかったと聞いている。女子社員が職場で怖い思いをしたのに、会社として守ってやることができず申し訳なかった」
スッと頭を下げた副社長を、驚きで見つめていた。
一般社員の私から見たら、副社長は雲の上の人だ。そんな人が自分に頭を下げるなんて。
あの当時、私は『上得意のお客様とトラブルを起こした新入社員』とみられ、辛い立場に追いやられた。周りの人たちは実際に何が起こったのかを知らないので、遠巻きに見てくる。この時期、会社を辞めてしまおうかと思うくらい、思いつめたのは事実だ。
あの時はまだ、副社長は一社員だったはず。いつこの話を知ったのかは知らないが、こうして今、会社を代表して頭を下げてくれている。
当時の私に教えてやりたい。
ちゃんとわかってくれてる人がいるよって…
「不本意な異動やったと思うが、結果的にお前には催事部が合ってたと思う。やりがいを感じて仕事をしてくれている、俺はそう思っているが合ってるか?」
真面目な顔で問われて、思わずコクっと頷いた。
異動した次の春に人事部の面談があって、他部署に異動したいかと聞かれたが、そのまま残ることを決めた。
催事部の仕事は、思っていた以上に楽しかったのだ。
自分の考えた企画でお客様が喜んでくれているのをみると、とても嬉しい。
表で接客をするより、裏の仕事の方が性に合う。そんな自分を発見できたのもよかった。
「催事部でキャリアを積んで、お前は充分に力を蓄えた。誰にも足を引っ張られることはない。もう大丈夫や。よう頑張った」
優しい声で言われて胸が詰まる。この八年間、催事部で頑張ってきたことを認めてもらえた。
もう力のない新人じゃない。自分の身は自分で守れるだけの力を充分身につけた。
胸につかえていたものがストンと落ちた気がした。
そうか、私は『もう大丈夫』と誰かに言ってもらいたかったんか…
意外と子どもみたいな自分に、心の中で苦笑いをした。
「せっかく今日、昔の嫌な思い出にケリをつけたんや。これからは、無理せず素のままでいろ。今の服もよう似合ってる。あの男に会うために綺麗な格好をしているのはどうかとは思うが…」
渋い顔で言われて、思わずクスっと笑いが漏れる。
「前にも言ったが、お前には笑顔が似合う。これからはいつも笑っとけ」
穏やかに言われて、私はそっと頷いた。