私だけを愛してくれますか?

私の目指すパン屋さんは、五軒が同じ地区にあったようで、まずは五種類のクロワッサンを手に入れることができた。

コーヒーショップで飲み物も調達し、公園の東屋で早速食べ比べだ。

前にもこんなことがあったなぁ… 

近所のパン屋さんで副社長に遭遇したことを思い出す。

あれから、まだ三ヶ月ほどしか経ってないが、私にはいろいろな変化があった。

全ては、あの日から始まった気がする。

「クロワッサンと言っても、お店ごとに違うもんやな」

副社長が驚いたように言った。

「今回は、クロワッサンが自慢のお店のものばかりですから。それぞれ力が入ってますよね」

「お前、全部少しずつ食っていいぞ。余った分を俺が食べる」

私の食べ残しを副社長に食べさせる!?

「そ、それはさすがに申し訳ないので、どれでもお好きなものを召し上がってください」

「お前が食わな意味ないやろ。手でちぎったらボロボロになるやろうし、思い切ってバクっといけ」

ほれほれと口元にパンを押し付けてくるので、思わず口を開けて頬張ってしまった。

サクッとした歯触りのあと、口の中にバターの風味が広がる。

さすが、本場神戸。最高の美味しさだ。

「お、美味しい…」目を丸くしてつぶやくと、そうかと副社長も続けて頬張った。

「お、うまいな」

私のかじったところを気にすることもなく、かぶりつく様子にカチンと体が固まる。

これって普通のこと? 上司と部下で、こんな風に一つのパンを食べ合ったりするのはアリ? しかも、今のは『あーん』っていうやつでは…

激しく動揺するが、副社長があまりにも自然な様子なので、私だけが気にしていて自意識過剰のようにも思えた。

私が殻に閉じこもっている間に、周囲ではコミュニケーションが進んでいたのだろう。そうに違いない。

そう自分に言い聞かせて、『私もこんなことには慣れっこですから』という風に装った。

一つのパンを分け合い、あーだこーだと言い合う。

副社長とは味覚がよく合って、気に入ったクロワッサンは同じだった。

続けて、山の手に向かい、またパン屋さんを巡った。途中目についたお店にも立ち寄り、さらに四種類のクロワッサンを食べ比べる。

テイクアウトのスープスタンドがあったので、今度はスープも追加したが、ずっとクロワッサンを食べていることに違いはいない。

「すみません。クロワッサンばっかりで」

私は大好きなので気にならないが、副社長は嫌かもしれない。

「クロワッサンの為に来たんやろ。何の問題もない。それに、お店ごとに特色があって俺も勉強になった」

「ほら、食うぞ」と明るく言って、ゴソゴソとパンを取り出す副社長をつい見つめてしまう。

好きなパンを食べ歩き、『美味しいですね』と言い合う。

お一人様も楽しかったが、やっぱり誰かと一緒っていうのは楽しいな。

パンを受け取りながら、素直にそう思った。


全部食べ切って、出店候補の四店舗を絞り込んだが、結局最後まで意見は割れず、すんなりと決まった。

もう一度その四店舗に戻って、イベントに参加してもらえるかどうかを打診するところまでが今日の作業だ。

車で来れたのは本当に助かった。夕方には全ての作業が終了したし。

それぞれのパン屋さんで、班のみんなに食べてもらう分のクロワッサンをもう一度購入する。

副社長も「俺もお土産買う」と言って、アレコレと買っていたが、その中にパンダの顔のパンが入っていたのを目撃してしまった。

可愛いもの好き? いや、ドンちゃんを撫でまわしてたから動物好きなのかも。

意外な一面を見てクスっと笑った。

< 90 / 134 >

この作品をシェア

pagetop