私だけを愛してくれますか?

*◇*◇*


七月二十三日、祇園祭は宵山を迎えた。

今年の祇園祭は、過去最高の人出だそうだ。

インフォメーションに入っていても、「そうでしょうね」と言いたくなるほどの忙しさだった。

ずっと裏方の仕事ばかりしていたので、最初は接客もドキドキしたけれど、三日も経つとさすがに慣れてくる。

お客様と直に接するのはやっぱり楽しい。

催事の仕事は大好きだけど、こうして接客をしていると、改めて百貨店の一員なんだと感じられる。滅多にない機会を、ありがたく楽しませてもらっていた。

毎朝、女子更衣室は浴衣を着る人、着せる人でごった返していたが、その中でも持ちきりなのは副社長の話題。

副社長は祇園祭の間、各売り場を回りながら接客をしているのだ。

「ねぇ、副社長、もう売り場にきた?」

「きたきた!浴衣カッコ良すぎて、倒れそうになったわ」

女子社員は一様に浴衣姿を褒めちぎる。

インフォメーションにも来てくれたが、確かに浴衣姿を直視できなくて困った。

かっこいい姿は見たい、でも、こちらのぎこちない姿は見せたくない。

持ち場に来てくれるのは嬉しいけど、恥ずかしい。

いやいや、いくつなんよ。
自分でも突っ込みをいれるほど、恋とはなかなか面倒くさいものだった。

そんな私の葛藤など知る由もなく、副社長はスッと傍によってきて、「浴衣、思った通りよく似合ってる」と痺れるようなバリトンで囁いてくる。

「ア、アリガトウゴザイマス…」

年甲斐もなく、うろたえて真っ赤になった私を見てクスクスと笑う。

「新しい美織はかわいいな」

さらに動揺させるような言葉を残して去っていく。

いいようにからかわれていることに気づき、後ろ姿を恨めし気に見送った。

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