私だけを愛してくれますか?

だが、副社長に振り回されている場合じゃない。今は、目の回る忙しさなのだ。

しゃべりすぎで喉がカラカラになったころ、やっと休憩時間が回ってきた。

休憩場所に向かっていると、「美織!」と呼ぶ声が聞こえる。

浴衣姿でニコニコしながら、手を振っているのは兄の織人だった。

「お兄ちゃん来てたん?」

近寄っていくと、しげしげと私を見る。

「お前、今年は浴衣着てるんか。可愛いなあ」

他人が聞いたらひっくり返りそうなことを嬉々として言った。

三十路の妹に言うセリフか!

驚くべきことに、兄はふざけておらず、真面目にそう思っているのだ。

目じりを下げて喜んでいるシスコンの兄、三十五歳。
誰が見ても痛いだけだが、もう治る見込みがないことを知っているのでスルーするだけだ。

「お義姉さんは?」

「伊織(いおり)の授乳にいった」

兄のところには、生後五ヶ月になる男の子がいる。

むちゃくちゃ可愛いのだが、名前が『伊織』ってどうなのよ。
どこまで『織』にこだわるんだ!

私の子どもには絶対に『織』はつけない。『脱・織』だ。

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