求める眼差し ~鏡越しに見つめあう、彼と私の物語~

カット

 野村さんのマッサージは気持ちよかったのは確か。でも、話しかけられるたびに、緊張もして、疲れた。

「はぁぁぁっ」

 思わず、深いため息が出る。
 鏡を見ると、少し頬が赤い。血流がよくなったのかな?
 フロアを見回すと、黒川さんはまだ他のお客さんにかかりきりのようだ。




 ――まだかな。

 そう思いながら、目の前に置かれている雑誌を手にとる。
 時々、聞こえてくる微かな楽しそうな声は、接客している時、特有の声。
 雑誌を見てるのに、頭の中には入ってこない。身体全部が、黒川さんの声を聞き取ろうとしているよう。
 気が付くと、床に落ちた髪の毛をフロアモップで片づけている野村さん。
 鏡越しにチラっと見ると、目があってしまった。
 なぜだか、一気に私の顔が真っ赤になった。
 それを見て、クスっと笑う野村さん。

「もうちょっと待ってくださいね」

 なぜだか、野村さんからの言葉は、意味深に聞こえてしまう。
 若干引きつりながら笑顔でうなずき、雑誌に目を戻す。
 あの人は、なんか、危ない。黄色信号が灯っている気がする。




「お待たせしました」

 黒川さんの声で視線をあげる。
 いつものメガネの奥の優しそうな目。
 思わず、大きくため息が出た。これは、安心したから、だと思う。

「なに、なに。今日もお疲れ?」

 髪を触りながら、大きな鏡でチェック。

「い、いえ。なんでもないです」

 私の微妙な反応に気が付いたのか、鏡越しに視線があってしまう。

「ふーん」

 何か考えながら、フロアを見回す黒川さん。
 何かを見つけ、片方の口元だけ、キュッとあげる。
 ふいに耳元で囁かれた。

「大丈夫。気にしないで。いつものことだから」

 はっ、として目を見開いて、鏡の黒川さんを見る。
 なんのことなのか、黒川さんには察しがついているのだろうか。

「かわいい子には、イタズラしたくなるんだよね。アイツ」

 私の髪をパラパラと切りながらも、ちょっと鋭い視線で鏡越しに何かを見ている。

「だーかーらー」

 シャキシャキ

「今は」

 シャキシャキ

「カットに集中」

 シャキシャキ

 黒川さんに言われなくても、今の私は彼のはさみを動かす指のうごきに目が離せない。
 そんな私の視線を感じているのか、ふっと柔らかい表情になる。

「あんまり見つめすぎると、手元が狂っちゃうよ?」

 今日の黒川さんは、いつになく饒舌。そして、いつもより、くだけて話しかけてくる。

「あ、はい。すみません」

 スッと目線をはずす。
 なんだろう。今日は、黒川さんを近くに感じて、少し、うれしい。

「今日は、ヘッドスパはなし?」
「あ、はい。あれは自分へのご褒美的な感じなんで」
「そっか、残念」
「すみません~」

 ちょっとお財布が寂しかったという事実は内緒にしたい。思わず、苦笑い。
 正直、私も残念。彼の指使いは、私を妄想の世界に誘ってくれるから。




 ぶぉぉぉぉっと、ドライヤーで乾かすと、あっという間に乾くショートカット。
 丹念に髪型をセットしてくれる黒川さん。

「はい、こんな感じでいかがでしょう?」

 合わせ鏡にして見える私の後ろの髪型は、気持ちのいいくらいスッキリ。

「はい、ありがとうございました」

 襟足を触りながら、満足な私の笑顔が鏡に映る。




 荷物を受け取り、会計を済ませ、美容院のドアをあけると、街に流れるクリスマスソングが聞こえてきた。

「あ、これで今年最後ですね」

 振り返りながら、今年最後の黒川さんの姿を目に焼き付けた。

「よいお年を」
「はい。また来年もよろしくお願いします」

 いつも通りの笑顔で見送ってくれる黒川さん。
 私はコートの襟を立てて、来年かぁ、と、思いながら、すっかり暗くなった夜空を見上げた。
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