求める眼差し ~鏡越しに見つめあう、彼と私の物語~

疲労、そして記憶

 今日のシフトが早上がりで助かった。
 昼抜きなのは少しつらいけど、いつもなら、ランチタイムを外せて、ゆっくり食事ができる。
 でも、今日は予約してる時間に間に合わせるために、駅のコーヒーショップで軽くすませた。

 予約時間まで、少し余裕があるものの、仕事上がりでボロボロの顔で、#黒川 智信__くろかわ とものぶ__#とは、会えない。どんなに綺麗に化粧しても、あの人には見抜かれるのはわかってる。
 あの人の前にいる私は、あの頃の子供の私じゃないって、思ってほしい。

 ――少しでも綺麗な私でいたいから。

 疲れのたまった足は、むくみまくりで、駅ビルの化粧室で軽くもんでみたところで、太さは変わらない。
 少し汗ばんだ首筋に、パウダーシートをあてる。

「ふぅっ」

 倉庫と店舗の往復で、こんな季節なのに、汗まみれ。
 ひんやりした感触と、ほんのりとみずみずしい香り。
 そして、厚塗りにならなように気を付けながら、ファンデーションで疲れを隠す。


 試しに、笑顔になってみても、鏡の私は、ひきつった笑顔を返してくる。


「はぁぁぁっ」


 だめじゃん。大きな溜息が出る。




 黒川さんとの出会いは、小学校時代までさかのぼる。

 彼は近所に住んでいたお兄さんだった。
 小学校一年生のとき、集団登校しているときのリーダーで、よく私の面倒をみてくれていた。
 その年は、一年生は私だけだったから、余計に気に掛けてくれたのかもしれない。
 幼稚園からあがったばかりの一年生からみれば、六年生なんてものは大人で、恐れ多い存在だった。
 でも、いつも気にかけてくれた彼は、とても優しい人で、私にとっての初恋の人だった。

 正直、幼馴染というには、年齢も家も離れていた。
 集団登校が組まれることがなければ、顔も合わせなかったかもしれない。
 そんな彼とは、当然、私の成長とともに同じ時間や場所を過ごす機会はなくなった。



 たまたま、仕事帰りに飛び込んだ美容室に、黒川さんがいたのだ。
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