求める眼差し ~鏡越しに見つめあう、彼と私の物語~
第五話

予約

 世間では異動シーズンの春。
 うちみたいなショップでは関係ないと思っていたのだけれど。

「早瀬さん、本社から栗原さん来てる。」

 倉庫から在庫を台車に載せて戻ってくるなり、店長に言われた。
 栗原さんは本社で店舗関連を取りまとめている女性の課長さん。
 この時期だと、面談とかそういうのかな、とは思ったけれど、通常、事前に都合のいい時間とか聞かれるはず。
 なんか嫌な話とかだったら、どうしよう。

「ストックに入れるのとかは、他の子に任せて行っておいで」

 店舗の前の通路に、スプリングコートを着て立っている栗原さんと目が合った。

「わかりました。行ってきます」

 慌てて栗原さんの元に行くと、同じフロアにあるコーヒーショップに連れていかれた。

「忙しい時にごめんね」
「いえ」

 栗原さんが奢ってくれるというので、カフェオレのLサイズを頼む。

「早瀬さん、ここのショップで、どれくらいになるんだっけ」
「えーと。もうすぐ丸三年くらいですかね」

 そう言葉にしてみると、自分でも意外に長くやってたんだということに気づく。

「そっか。店長いない時とかも、一人でもまわせるようになったもんね」
「はぁ。でも、最終的に色々決めるのは店長ですけどね」

 この話は、どこに落ち着くというのだろうか。

「そろそろ、早瀬さんも店長やらない?」
「……は?」
「やらない? というか、ほぼ決定なんだけどさ」
「え?」
「今度、新店舗出すんだ。ここなんだけど」

 そう言って、渡されたのは新しくできる美術館のパンフレット。

「ここのミュージアムショップの店長」
「え、何言ってるんですか?」

 この美術館のオープンは、この夏の予定と聞いたことがある。

「他の店舗の店長たちにもあたってみたんだけど、誰もいい顔してくれなくてさ」

 うちの店長も嫌がったのか。
 まぁ、彼氏でもある、集荷に来てくれる筋肉くんと会う時間がなくなるだろうし。
 だからといって、なぜ私?

「早瀬さんも、もう店長任せてもいいかなと思って」
「いやいや、私なんか無理ですって」
「最初は、私もヘルプで入るし」
「いや、それだって」

 この美術館、かなりニュースになってたし、人とかたくさん来そうだし、私なんかができるとは思えないですけど。

「とりあえず、考えておいて。一応、店長にはもう話しついてるから」

 それって、ほぼ決定じゃないですか……。
 しばらく店の話や、他の店舗の話をした後、カフェオレを飲み干すと、栗原さんと別れて店舗に戻った。

「戻りました~」
「お帰り~」

 店長は振り向きもせず、店頭の商品の補充をしていた。

「店長~、栗原さんの話、いつから聞いてたんですかぁ~」
「ん~? 昨日の夜?」
「へ?」
「昨日の夜、早瀬さん帰った後、電話来て、どうかなぁ? って聞かれたから、いいんじゃないですか~? って答えておいた」
「はい?」
「早瀬さんなら、大丈夫だって~」

 ヘラヘラと笑いながら、空になったカゴを片付けに行く店長。
 なんの根拠があって、大丈夫だなんて言えるのよっ! と叫びそうになる。

「まぁ、まだ期間はあるし、マジで考えてみてよ」

 軽く言う店長に、私の気持ちは完全に置いてけぼりだった。
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