バスストップ
16時に駅で待ち合わせて、そこから電車で一駅行ったところのファミレスに入った。

わたし達の方が早かったらしく、チーちゃんがせっせと相手に連絡を取っている。
わたしは春香と最近入れたスマホアプリが便利で楽しいっていう話で盛り上がっていた。
ファミレスの入り口から黒校と思われる男子が2人案内されてくるのが見えてわたしが「黒校来たよー。」と告げると、チーちゃんは「2人しかいないじゃん、あれは違う。」と否定した。
チーちゃんの言葉通り、やはりその2人組はわたし達とは別の斜め後ろの席へと案内されてきた。
なんとなくそちらに目をやると、椅子に座ろうとしていた1人とばっちりと目が合った。

…あ、朝のちんたら男。

と思ったが早いか、相手の男がファミレスの店員さんに「すいません、席変えてもらえませんか。」と言って座るのをやめた。
朝見たちんたら男の友達はこの人だったかな?ともう1人の顔を見ても覚えていない。

ファミレスの店員さんは男子高校生の申し出に面食らって「え。」と困ってしまっている。
春香はわたしと男子高校生の様子をみて「まさか。」とこの偶然に驚き、チーちゃんは合コン相手と連絡を取るのに忙しくこの空気に気づいてもいない。

「近くで舌打ちされると気分が悪いので、席変えてもらってもいいですか?」と更に追い討ちをかけるようにこちらにも聞こえる声量で繰り返した。

わたしはあごくらいまで伸びた前髪を耳にかけて、立ち上がった、
「あの…。」
わたしが話しかけたことに今度はファミレスの店員を含め相手全員が驚いた顔をしている。
さすがのチーちゃんもスマホから顔を上げた。
「あの、舌打ちは、聞こえると思わなくてごめんなさい。急がないと生活指導に捕まるからちょっと焦ってたんですよ。」
「あ、え…。」
とちんたら男は返す言葉をなくしてしまっている。
わたしは向こうの動揺の間に息を吸って「でも。」と切り出した。
反対の前髪も耳にかけて、顔を傾ける。
「朝の混んでる時間帯にカバンからカード出したりしまったり、何回もタッチに失敗するのとか、一旦後ろの人に順番ゆずった方がいいんじゃないかと思うけど。」
ちんたら男は口を半開きのままフリーズし、その友達はばちばちとまばたきを繰り返している。
春香が「正論。」と言うと、チーちゃんが「ド正論。」と言った。
「そういうことなんで、じゃあ、どうぞ違う席へ。」
と、わたしは椅子に座った。

チクタクチクタクとマンガのような沈黙の時間を置き、ちんたら男は結局席を変わらずに斜め後ろに座った。
少し時間を置くと言い返さずにいられなかったのか、不意に振り返って言った。
「他人に舌打ちしてしまうほど急いでいるなら、もっと時間の余裕をみて行動すべきだ。」
いや、喋り方。教科書かよ。
まあ…でも…言われてみれば
「確かに。」
と大納得してわたしも男子高校生に向き直った。
急に振り返られて、ちんたら男はまたぎょっとした顔をする。
「それよ。それね。さすがインテリ黒校。」
と感心したように言うと、
「ばかにしてる?」
と返されてしまった。
ばかにするどころか、すっかりわたしは納得してしまっている。
「確かに、ほんと、わたし明日から1、2本早いバスにすることにする。」
ちんたら男は(勝手にすれば?)みたいな興味のない表情。
ちんたら男の友達は興味津々でわたしと春香とチーちゃんの顔を順番に見回していた。
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