伝えられない想い


「…は?なにそれ」
「そのままだよ」


健太には、ありったけのこと全部を話した。


「つーか、向こうから抱いて?って言われたんでしょ。だったらさ、もういっそガバ!って抱いちゃえばよかったのに」


二人が抱きしめ合う様子を一人で勝手に再現する健太に、呆れる。


「…おまえ簡単に言うよな」
「いつも簡単にやってる奴が、よく言うよ」
「…だからさあ。それと、これとは別だろ」
「まあ、な」




葉月と顔が合わせづらくなってから、もう数週間が経過した。

あれから葉月とは口を聞いて、いない。

…なんとなく気まずくて、というよりは自分から口を利かないようにしていたのかもしれない。

それでも、クラスが一緒だから毎日会わない訳にはいかず。

今だって、こうやって廊下でバッタリ。

人気のない廊下で彼女の口から聞かされた通達は、こうだった。


「諒大と別れた」
「…は?」


一瞬、自分の耳を疑った。


「洸の言った通りだった。あいつ、他に何人も女いた」
「あぁ…」


…だろうな。最初からそんなこと、分かっていたけれど。

こんな時、なんて言えばいいのかなんて、分からなかった。


「私、好きだったよ。洸のこと」


…なんだよ。好きだった、って。


「それだけ伝えたくて、じゃあ」
「ちょ、…葉月!」


去ろうとする葉月を、慌てて引き留めるべく、咄嗟に彼女の細い腕を引っ張った。


「ちょ、葉月。待てって」


頭で色々と先に考えるよりも自然と、本能的に体が動いていた。

すぐ触れられる距離にいる彼女に手を、伸ばす。俺の腕の中に収めるのなんて、簡単で。


「好き、なんだけど。葉月のこと」


気が付いたら、抱きしめていた。


「ずっとずっと。前から想ってた。
だけど伝えられなくて…。
だから、抱いてって言われた時は、すっげぇ戸惑ったし、俺どうしていいかわかんなくて」
「ちょっと待ってよ。…それ本当?」
「本当。つか信じろよ!」


葉月の左右の肩を両手で掴んで、即座に葉月の顔を見た。


「いや、信じるけどさ」
「けどなんだよ」

「こーう!」


その時、廊下の向こうから俺の名を呼ぶ女達。

うっわ、このタイミングかよ…。

有り得ねえ。無意識に顔が引き攣る。

ほら見ろ、この彼女の冷ややかな視線。


「久しぶりじゃん!」
「こうー、ねぇ今度遊んでよ」


嗚呼、迷惑極まりない。
こいつらの甲高い声が、余計に頭を痛くさせる。

こいつらの言う「遊ぶ」なんて、ひとつしかないだろう。


「お前ら、うるっせえ。もう僕は君たちとは遊ばない!」
「なんでーー!」


一気にブーイングの嵐。…痛い、腕引っ張るなよ、つか触んな。


「本気の愛に目覚めたから」
「…ぎゃはは、なにそれ!」


腹を抱えて笑う女達。好きにすればいい。


「いいじゃん、洸。寂しくなったら、またいつでも誘ってよね」


はあ?なにがいいのか、わかんねぇし。

葉月以外の女なんて、要らない。必要ない。だから。


「愛のないセックスはしたくなーい!」


懲りない彼女達に、そう言い放ってやった。


「ひっどい!」
「行こ」


去っていく女達を、葉月と黙って見送った。


「…洸。あんた、バッカじゃないの?」
「は、葉月のためだろ!」
「誰がよ、自業自得でしょ」


君さえ居れば、それで十分だから。



END.

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