だから、さよならなんだ。
第1章 ~春~ 君の存在は君が思っている以上に

-少年- .

 僕には、夢中になっている女の子がいる。
 どこにでもあるような賃貸マンション、その1室が僕の家だった。僕の部屋からはベランダに出ることができる構造だったが、そのベランダが彼女と過ごせる大切な場所となっていた。
 いつものように、ベランダに出る。
 ちょうど今日から5月だ。気持ちのいい風が吹いている気がする。1年で一番過ごしやすい季節だと僕は思う。
 右隣。彼女の部屋があり、そして彼女の部屋がある。ベランダに出ると、わずか3メートルの距離で彼女と話すことができた。
 上を見上げると星空が、とはいかず、ただただ黒一面が僕を見下すばかりだった。
 引き戸の音が僕の視線を奪った。
 部屋から顔だけを出して微笑む彼女。僕も自然と頬が緩む。
「こんばんは」
「こんばんは」
 照れる。まだ慣れない。彼女にはバレていないだろうか。ぎこちない表情を隠すように、僕は街を見渡すように視線を逸らした。
 彼女と話すことはなんてことのない話題だ。
 今日彼女が話してくれた内容は、こんな感じだった。
 シングルマザーの母親から、早く死んでほしいと言われたらしい。母親の人生をめちゃくちゃにした元凶だからと。
 付き合っていた男には子供ができたと伝えたら逃げられ、もう堕ろせる時期を逃してしまったから仕方なく産んだのだと。
 内容としては、今ままで何度も言われてきたことの繰り返しなんだけどね、と彼女は笑った。
 僕はただ聞くことしかできない。
 彼女の役に立ちたいけど、それを行動に移す勇気も、その力もない。僕は彼女と過ごせるこの時間がとても好きだけど、いつ彼女が僕と話すことをやめてしまうのか、いつも不安でしかたない。
 僕も同じようなものだよ。
 あなたはどうなの、と彼女から聞かれた時のいつもの返事だ。僕の抱えてるものを彼女に話す勇気も無かった。それがまた余計に申し訳なさを感じるし、彼女を真っ直ぐ見れない理由だ。
 でも、このことを話してしまったら、その先には本当にこの関係の終わりしかなかった。
 だから、僕のこの秘密は、これからもずっと秘密のままなんだろう。
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