だから、さよならなんだ。

-少女- .

 私には、唯一の味方がいる。
 先月のことだった。
 私は、全てを終わらせようと思って自室のベランダに出た。もう、限界だった。
 その時の感情はなんていい表すのかわからない。怒りも、悲しみもなく、ただただ虚無だったように思う。
 矛盾しているようだけど、私の命を終わらせる目的でベランダに出たのは間違いないのに、そういう思考はしていなかった。自然と足が奈落を目指していた。
 何気なく下を覗き込む。マンション四階からの眺め。その高さを実感しても、恐怖心は無かった。
 まだ寒さの混じった風が、今の私の心を代弁してくれていた。
「死ぬつもりなのかな」
 心臓が止まるかと思った。
 声のした方を向くと、それは隣の部屋のベランダからだった。
 男の子。その童顔に浮かぶのは一見笑顔だったけど、明らかな動揺が見られた。なんであなたの方が驚いてるわけ?
色白な肌を眺めながら、綺麗だな、なんて思っていたところに彼が再び口を開いた。
「……死にたいの?」
 そのあまりにストレートな表現に、自分でも驚くほど思考が現実に引き戻される。
 見られた。焦る必要なんてないのに、なぜだかその時の私は無性に焦っていた。
「何言ってるの」
「違った? そんな風に見えたから」
 その瞳は、私を見透かしているようだった。
 でも、そんな名前も知らない彼に、なぜだか安心を感じている私がいた。
 ぽつぽつと言葉をキャッチボールさせると、私の身の上を語り始めるのに時間は掛からなかった。
 私は性交の副産物でしかない。そう理解したのは小学生の時だった。
 男女の快楽の交わりの中で、望んでもいないのに勝手に発生するのがガキなのだと教わった。母は、子供という表現は使わない。
 父はどういう人かは知らない。私が生まれる前に母の前から立ち去ったらしい。せめてもの救いは、ある程度のまとまったお金を残していったこと。いわゆる手切金というやつだったんだと思う。
 そのお金を当てにして、しばらくは母は働いていなかった。残金に不安を感じ始めると、水商売を始めた。
 朝に帰ってくる時には、いつもお酒臭い。お酒は嫌いだ。酔った母は、いつも以上に暴力的になるから。
 どんなことにお金を使っているか知らないけれど、最近ではさらに稼ぎが欲しくなったらしく、私に白羽の矢が立った。
 私の下着が無くなっていることがあった。探していると、母がスマホをしきりに操作しながら「商品にするわ」と。
 それ以上は想像するのもやめた。
 以降も時々、私の女としての消耗品が商品として母に回収されていた。母がこの商売をするようになってからは、暴力の頻度が減ったから私は我慢した。気持ち悪さと暴力なら、気持ち悪さを選ぶ。消極的選択。
 そこまで話したところで、私は彼の表情が曇っていることにようやく気付いた。
「ごめんね。気持ち悪い話だよね」
 自虐な笑みと共にそう溢すと、「気持ち悪いのは、こんな世界かな」と悲しそうに笑う彼が、私には救いだった。
 ただただ私の不快な話を聞いてもらって、申し訳ない気持ちはあった。でも、今の私には必要だった。唯一の居場所だった。
 いつ彼が私と話すのを止めてしまうか不安を抱えながら、今日もまた彼に甘えるのを止められなかった。
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