だから、さよならなんだ。

ー少女ー

 あの人がいる間、私は死んでいる。
 思考することもなく、心は虚無。そんな状態でも生きていると言えるなら、それは間違いなんだろうけど。
 今週は最悪だった。ほとんど家にいないあの人が、今週は家に篭りきりだった。
 入れ込んでいた男に逃げられたらしい。この人は母親ではなく、いつまでも女ということなんだろう。私も、万が一にも子供を産んだらこんな風になってしまうんだろうか。それならいっそ……。
 そんなあの人がようやく今日外出した。今日は帰ってこないらしい。行き先は知らない。ようやく落ち着ける時間が持てることに、たったそれだけのことに幸せを感じてしまうことが、たまらなく虚しかった。
 彼のところに向かう。いつものようにいてくれるかな。そういえば、私がベランダに出ると、彼はいつもそこにいてくれた。たまたまなのか、それとも彼はそれほどまでほとんどの時間をベランダで過ごしているのかもしれない。
 顔を覗かせると、やっぱり今日もいた。
「暑いね」
 眩しい。手で傘を作りながら、上を見上げる。快晴。
 ふと、彼を見ると同じように空を見上げていた。でも、私と違うのは手で日差しを遮ることもなく、ただじっとこんなにも眩しい空を見上げていたこと。平気なのかな。
 と、彼が口を開いた。
「今日はいないの?」
 主語は無かったけど、必要も無かった。
「うん」
 私は、ただ頷いた。彼はそれ以上を聞いてくることはなかった。無理に踏み込んでこないで、私が話すのをただ聞いてくれる。そんな関係がたまらなく安心だ。
 彼は何を考えているんだろう。気になる。聞いてみたい。でも、聞けない。私も同じように彼から話してくれるのを待とうと思うから。
 でも、それ以上にそれが彼との関係を壊す地雷になるかもしれない恐怖が強い。自覚はできてるつもり。私は彼に依存してるし、彼が離れたなら、その時はもう迷いはなくなると思う。
 なんの感情も持たずに、遠くではしゃぐ無邪気な子供達を眺めていた視線が自然と下に向く。あの時には感じなかったけど、こんなに高かったんだ。多分、今は生きてる実感があるからそう感じる。
 こんな気持ち迷惑だよね。離れたら命を捨てるなんて考えの女、どう考えても傍にいてほしくないと思う。
 こんな醜い私には気付いてほしくない。でも、そんな一方でこんな私を知ってほしい。受け入れてほしい。他に……居場所は無いから。
 刺すような日差しは、まるで隠し事はできないぞとでも言うようだった。
 彼のことは知りたいのに、私のことは知られたくない。それでいて、受け入れてほしい。
 こんな気持ち、解消できないくらいなら、せめてその熱で焼き尽くしてほしい。太陽に向かって、そう願わずにいられなかった。
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