恋に異例はつきもので
第5章 なんでそんなこと言うの!
 『ヤマモト』の創業は大正年間。老舗の玩具メーカーだ。
 1960年代、プラモデル全盛期に隆盛を極めたけれど、その後、子供の遊びの中心がゲームに移り、業績は次第に傾き、昨今は厳しい経営が続いていた。

***
 
「J.Cカンパニーの木沢です。こっちは辻本です。どうぞよろしくお願いします」

 『ヤマモト』の会議室で、部長がわたしを紹介したとき、宗一郎さんは驚きを隠すことができなかった。
 そして「えっ? 花梨……」と、小さな声でつぶやいた。

 でもすぐ気を取り直し、よそゆきの顔に戻り、言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ああ、この声。
 一気に月日が逆行する。
 そして、耳元で囁かれた記憶が唐突にフラッシュ・バックした。

 ――可愛いよ、花梨……

 こ、こら、なに思い出してるんだ、こんなときに! 

 赤くなった顔を見られないように、名刺交換が終わるとすぐ、「お願いします」と頭を下げた。
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