恋に異例はつきもので
「部長!」

 わたしは大きく息を吸ってから、大きな声で呼びかけると頭を下げた。
「あの。いろいろすみませんでした!」

 顔を上げると、部長は怪訝(けげん)な表情でわたしを見た。

「いえ、その。わたしずいぶん、上司である部長に対して失礼を重ねてきたと思いまして……」
「……」

 まだ、話が呑み込めないみたい。
「えーと、例えば……『ヤマモト』に行った帰りも、きついこと言って睨みつけて、しかも足まで蹴っちゃったりして、本当、すみませんでした」

 もう一度、わたしは頭を下げた。
 すると部長は手にしていたグラスを、大きな音を立てて机に置いた。

 わ、何、言われるかな……

 ああ、そうだな。お前みたいな失礼な奴は初めてだ、とか?
 そんな非常識でよく会社勤めが務まるな、とか?
 だから女はわがままで困る。とか?
 
 でも、今日は何を言われても、絶対、反抗的な態度は取らない。
 部長が話を始めるまで、心のなかで、何度もそう自分に言い聞かせていた。
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