恋に異例はつきもので
 でも、彼はいつもとまったく同じだった。
 1ミリも動じる気配がない。

 たぶん、『キンダーラント』で転んだ男の子を抱っこしているような感覚でいるのではないか。
 それぐらい、彼の態度は平静を極めていた。

 つまり、まったく恋愛対象だと思われてないんだ、わたしは。
 深夜の、ふたりきりのオフィスでこうして抱き合っているというのに……

 わたしは彼の胸に手をおき、身体を離した。
「もう大丈夫です。ありがとうございました」

「ほら、そこに座ってろ。タクシーを呼ぶから」
 そう言いながら、部長はスマホを取りだそうとする。

「いえ、電車で」
「いや、また電車で気分が悪くなったらどうする。遠慮するな。俺も一緒に乗るから」
 そして、なかば強引にタクシーに載せられた。
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