まるでキバを抜かれたライオンのような

そして、サクの胸ぐらを掴んで
『今お前手抜いただろ!!』と叫んだ。

一瞬にして静まり返る体育館。

何も言わずにその手を振り解くサク。

『お前なんでやめたんだよ!』
伊藤くんはそう言ってサクをドンっと突き飛ばした。
周りはただならない空気にざわつき始め、先生が二人に近づいて間に入りその場は収まったが

サクはコートから出て壁側の方に少しみんなとは離れて座った。

伊藤くんがあんなに感情をむき出しにして怒った理由はわからないけれど
私にもサクが途中で諦めたように見えたから。
どうしてボール取らなかったんだろう。
サクなら絶対取れたのに。

どうしてバスケットやめちゃったんだろう。

一人ポツンと座るサクがとても寂しそうに見えて
私まで辛くなった。

私たちはどうしてこんなになっちゃったんだろう。

どうしてあんなに充実していた日々から抜け出さなければいけなくなったんだろう。

私が何か悪い事をしたわけじゃないのに。

ただ。

ただ自分らしくいたかっただけなのに。

なんか私たち……

まるで牙を抜かれたライオンみたいだ。

狩りが出来なくなったライオン。

大地を駆け巡る他のライオン達を遠くで眺めながらこれからどうすればいいかもわからず途方にくれる猛獣。

自由に駆ける事を忘れちゃったような。

ねぇ。サク……

そんな悲しそうな顔しないでよ。

……私もか。きっと人のこと言えない顔してる。



放課後。サクからメッセージが来ていた。

サク: 今日係活動あるの?

紗希: ううん、今週はないよ。来週月曜日からお願いします。

サク: 了解。

私は同級生にまた明日ね。と言いながら教室を出て玄関へ向かった。
その途中階段で私とは逆の方向で伊藤くんとすれ違い軽く会釈をして通り過ぎようとしたその時。

『中條《ちゅうじょう》ちょっと待って』

思いがけずに伊藤くんき名前を呼ばれて私は階段の手すりに捕まり振り返る。

『前から聞きたかった事あるんだけど』と伊藤くんは言った。

『どうしたの?』

『あのさ、中條と鈴木ってどうしてバスケやめたの?』

その一言で固まる私。

『私とサクがバスケしてた事知ったんだね……』

『あいつと試合した事ある奴ならそう簡単に忘れられるヤツいないよ。 あいつは小学生の頃から一人だけずば抜けてた。
中條の事も知ってる。中学一年の頃から一人だけ3年に混じって試合出てたろ。俺一年の頃試合にも出れなくてずっとベンチだったからお前らがめちゃめちゃ輝いて見えてたよ』

『……そうかな』

『入学式の時2人の事見かけてさ。すごいメンバーが揃ったって俺一人で興奮してたんだ。バカみたいにさ……』

『でも、伊藤くんもさっきの体育の授業の時のレイアップシュートすごく上手かったよ』

伊藤くんは少し目線を落とし悔しそうに拳をグッと握った。

『俺試合のとき鈴木の事一度もドリブルで抜いた事なかったんだ。 あんだけ練習したのに一度もないんだよ。
中学最後の地区予選で当たった時も学生と社会人の試合位の点差つけられてボコボコだったよ……
でもあいつ俺のことなんて覚えてもいなかった。
ずっとあいつを抜くこと目標に今だって毎日毎日頑張ってんのに……』

声を震わせながら、どこにぶつけていいかわからない行き場のない悔しさを飲み込むように伊藤くんは時折言葉を詰まらせながら話した。

『さっきも何年か振りに鈴木と向かい合ったらあいつやっぱりすごかった。 あの嫌な距離の取り方も、俺が何をするか見透かしてるようなあの目も。 最後のフェイクも多分完璧にバレてたよ……』

意外だった。
伊藤くんってもっと淡々と物事をこなしそうなクールな印象だったから。
こんなにも負けず嫌いで、こんなにもサクに勝とうと必死で努力してたんだ。

『どうしてサクがやめてしまったのか理由はわからないけれど……でも今でもきっと好きだと思うよ。バスケット』

『そうだよな。急に引き止めてごめん』と伊藤くんはいつもの表情に戻り階段を上がっていった。

私は自分が辞めた理由は言わなかった。

努力は報われる。

人は頑張ればどうにでもなる。

そんなの嘘だ。

どうにもならないことだってある。

努力でどうにかなるんならこんなに悔しい思いはしてないよ。



ーー『中條 美優の姉です。迎えに来ました!』
いつものように幼稚園のインターホンに話しかけた。
『美優ちゃんですねー、少しお待ちくださーい』
という声の後
玄関のロックが自動で開き、私はドアを開けて中で待っていた。
しばらくすると奥の方から元気な笑い声とこちらに走ってくる足音が聞こえた。
先生と手を繋ぎながら美優は私を見て第一声が

『にぃにーじゃないの……?』

『迎えに来たの私で悪かったねー』
さっきの元気な笑い声が嘘のように美優はハァと大きなため息をつきながら下駄箱から自分の外履を取り出す。
その光景を見て先生がフフっと笑った。
少し不機嫌そうな美優の手を引いて先生にまた来週お願いしますと伝えて幼稚園を後にした。

『美優今日の夜何食べたい?』

夕日でオレンジに染まったいつもの道で自転車をこぎながら、後ろに座る美優にそう話しかけた。

うーん。と美優は少し考えて『オムライス!』と言った。

『美優ってば、そればっかり。 お陰で卵焼きばっかりうまくなっちゃったよ』

トマトは嫌いなのにケチャップは好きってどういうことだろうっていっつも思う。

ほんっとあまのじゃく。

味は好きだけど食感がダメってことかな?
噛んだ時に中身が出るような感じ。まぁ、でもちょっとわかる感じがする。

『美優毎日でもオムライスでいいよ』

『うーん。もう今の頻度でもねお姉ちゃんオムライス嫌いになりそうだから毎日はちょっと遠慮しとく』

『ひんどって何?』

『頻度かぁ。うーん。難しいなぁ。オムライスが出る度合いっていうのかな…それが多くなったり少なくなったりするっていうのが頻度っていうんだよ』

『へぇーー。わかんないや』

『まだ美優にはわかんないか。まぁいつかわかるさ』

『ママきょうも帰ってくるの遅い?』

『今日も遅いかもでもママ、美優に早く会いたいからきっと今お仕事頑張ってるよ』

そっか。と美優は少し満足そうに返事をして何も話さなくなった。
きっと美優も寂しいんだ。
そりゃ寂しいか…だってまだ幼稚園児だもん。
私なんて小学生低学年の時でさえいつも帰ったら絶対ママがいたから何か用事で少しでも姿が見えないと不安になってたなぁ。
私に比べたら美優はずっとずっと強い。
なんだかんだいって文句も言わずに幼稚園に通っているし
絶対泣かない。とにかく泣かないし自分が合っていると思う事には頑として謝らない子だ。

……頑固。
うん、この言葉がぴったり。

『ただいまーー』
家に着くとママはまだ帰ってきてなかった。
今日は昼からの出勤だったから多分帰りがすごく遅い。

そしてご飯ができる頃、美優を呼ぼうとしたが
リビングで疲れて寝てしまったみたいだ。
ソファーの上に今朝ママにかけてあげたタオルケットがそのままにしてあったから美優が起きないようにそっと体にかけた。

寝顔は可愛い。
寝顔ならずっと見ていられるくらい。
多分寝てる時は文句言わないからかな。




ーー次の日学校は休みだったから昼から外に遊びに行きたい!としつこい美優を連れて近くの公園へ向かった。

早く行こうとはしゃぐ美優に腕を引っ張られこけそうになりながら二人で向かう。

持ってきた砂場セットを広げ必死に小さい山を作る美優
『よく飽きずに毎回毎回山作るねー』
集中してる美優には私の声なんて聞こえていないようだった。

公園も学校が休みの子供達や子供を連れた若いお母さん達で賑わっていた。
その中にいる赤ちゃんを抱っこしている少し背の高めのショートカットの一人の若いお母さんと目が合った。

『紗希ちゃん?』

私は少し困惑しながらその若いお母さんの顔を見る。

『紗希ちゃん大きくなったねー。私、里美《さとみ》だよ!サクの姉の!』

『さとネー!? 綺麗になってて全然気付かなかった!!』

さとネー。サクの一番上のお姉ちゃんだ。
小さい頃よく遊んでもらっていて私が小学校に入学した時も朝学校にサクと一緒に連れて行ってくれたりした。

『母さんから聞いてるよ。紗希ちゃん妹の面倒みて家の事頑張ってるんだって?』

『そんな…全然です』

『朔太もね、紗希ちゃんの事すっごく心配してるよ』

『えっ……サクが?』

『朔太が中学のときだったかな。その時ね。紗希ちゃんが部活こなくなったー!ってお母さんに紗希ちゃんの両親に理由聞いてくれ!ってしつこく言っててさ。
紗希ちゃんに料理教えたって言ってた時もね、自分も力になりたいからって料理とか始めちゃってさ。 あいつ単純だよね本当』

意外だった。
サクが私のことそんなに気にかけてくれてたなんて。
ずっと一緒にはいたけれどそんな素振りみせたことなかったから。

『さとネー? サクってどうしてバスケットやめちゃったの?』

『うーん……それはわからない。けど…』

うん。と私はさとネーの顔をじっと見つめた。

『……朔太は別に試合に勝ちたい。とか上手くなりたいっていうのが続けていた理由じゃないんじゃないかな?』

それ以上は聞かなかったけれどサクっぽいなと思った。

テストでいい点取ろうが全国に行って有名になろうが
それを自慢したり、ひけらかしたりしないヤツだ。
少しくらいテングになってもバチ当たらないのにって思うけど
人の評価だとかそういうものに左右されたりしないんだろうな…そもそも。

『けど、紗希ちゃんが家族の為に頑張ってる事。誰でもできる事じゃないと思うな。 とってもすごい事だよ。けど抱え込まないようにね?一人で。
紗希ちゃんがいっぱいいっぱいで頑張っていても平気だよって顔してたらみんなも平気なのかな?って勘違いしちゃうと思うから。 辛かったら助けてって言ってもいいんだからね?』

さとネーの言葉に少し涙が出そうになった。

だって私はお姉ちゃんだからしっかりしなきゃって。
私がなんとかしなきゃってずっと思ってたから。
きっと私は自分で勝手にたくさん溜め込んでパンク寸前なんだ。

『さとネー……ありがと……』

『朔太もね。あいつ無愛想だし口下手だけど…
人の為に本気で悩んだり力になろうって思える子だから…安心して頼っていいんだよ。それだけは私が保証する』

なんて言っていいかわからないけど…
ほんの少しだけ心が軽くなった気がした。
ずっとモヤモヤしていた心の霧が少しだけ晴れた気がした。

辛かったら辛いって言っていいんだ。

苦しかったら助けを求めていいんだ。

すごく簡単な事だけど…でも。 忘れがちになってしまう。

心が悲鳴をあげてるのにまだ大丈夫だよ。って聞こえないふりして歩こうとしてしまうんだ。

素直になろう。

全部は無理かもしれないけれど少しだけでも素直に生きよう。
 
そのあと美優はさとネーに驚くほど懐いた。
でも美優の気持ち私もすごくわかるんだ。
この人は大丈夫だ。裏切らない。自分の味方だって思ってしまう。

うぅん、思わせてくれる。

一緒にいるととっても心が安らぐんだ。

私もさとネーみたいになるのは無理かもしれないけど優しさを忘れずにいたい。




ーー『ママ今日も起きないねー』

テーブルでピザトーストを食べながら話す美優。

『ママだって疲れてるんだよ……美優隊長?』

『ん?』

『ママに爆弾投下!』

ニヤッと笑いながら一目散に寝室に走る美優。

『ゔぁぁぁぁぁあああ』

奥の部屋の方からママの生々しい叫び声が聞こえた。

『紗希……ママからのお願い……朝の目覚ましに美優使うのだけはやめてください……ほんっと』

『でも美優がママのことどうしても起こしたいみたいだから……』

私は美優の方を向いて首を斜めに傾げ『ねーっ』と合図を送る。

『ねーーっ!』と悪い顔をしながら美優も私の真似をして首を傾げた。

『明日からママ、目覚まし時計もう一個増やすね……』

ママはそのままテーブルの椅子に腰掛けて
美優の食べかけのトーストの隣にあるパンをかじった。

『あっ、あと私今日放課後係活動あるから今日の美優の迎えサクにお願いするね』

私はシンクでお米をとぎ終わり釜の線まで水を入れ
ピッピッと炊飯器のボタンを押してタイマーを17時00分にセットした。

そしてサクにメールする。

紗希: おはよう。今日の放課後係活動あるから美優の迎えお願いします! あとキッチンの鍋の中にカレー準備しておいたから美優と一緒に食べてていいから!

しばらくするとサクから了解!と返信がきた。

『よしっ!準備万端。じゃあ、私行ってくるね! ママ美優の送りお願いね』
ママはアクビをしながら『はぁーい』と返事をする。

自転車で学校に向かっていると
前の方にサクが歩いているのが見えた。

『おはよっ、サク!』

サクはん?と後ろを振り向き私に気付くと無愛想な顔で『おはよ』と言った。

『そいえば一昨日ね。近くの公園でさとネーに会ったよ!赤ちゃん連れて』

『姉ちゃん一昨日赤ちゃん連れて帰ってきててさ。その時言ってたよ。紗希と美優に会ったって。 美優、紗希の小さい頃にそっくりだったって』

『そうかなぁ……私あんなに頑固じゃないけど』

『それはどうだろうね。 そうだ。その時さ姉ちゃん紗希と美優にこれ渡してって言われてて』

サクは肩に背負っているバックの中に手を入れて小さい紙袋を一つ取り出した。

『ありがとう。なんだろ…開けていい?』

袋を開けると小さいテディベアのキーホルダーが二つ入っていた。

『何これ可愛い!』

『うわぁー。姉ちゃん好きそうなキーホルダー』

『確かに!さとネー、クマ好きだよね』
そう言いながらサクの方を向くとサクのバックにも同じクマのキーホルダーがついているのに気がついた。
サクのバックを指差しながら
『ん? サクも同じの付けてるの?』と言うと

サクはへっ?と言う顔をしながら私の指差す場所を見て
クマのキーホルダーを見つけると
顔を真っ赤にしてクマのキーホルダーを握りしめた。

『姉ちゃんに勝手に付けられてる……』

『似合ってる似合ってる』とサクの肩を叩きながら私は笑った。

私もバックにクマのキーホルダーをつけて
『見て! お揃いだね!』と見せびらかすと
照れて顔を赤くするサク。
そんなサクがとても新鮮でちょっと可愛い。

『なんかサクとこうして学校向かってると中学の時思い出すなぁ』

『うん』とサクは少し空を見上げて答えた。

私たち毎日一緒にいたんだ。
小学校の時も中学の時も
でも一人で塞ぎ込んで
サクを避けていたのは私だ。
高校入学してからも避け続けて
サクはバスケだけじゃなくなんでも器用にこなすからいつもなんだかんだ目立ってて。 
女の子からも昔から好かれていたのはよく聞いてたし
そこを突くようにして『みんなにひがまれるから話しかけないで』って突き放してたのに
それでも私のちからになろうとしてくれる。
いいヤツ過ぎるんだよ……

『サク?』

『ん?』

『……ありがと』

『紗希なんか今日素直じゃん』

『今日から素直になろうって決めたんだ』

私の時計の針は多分あの時から止まってた。

きっと劇的には変わらない。

それでもいい。少しずつだっていい。

今日から少しずつ前に進もう。




学校に着くと玄関に美久がちょうど上履きに履き替えていた。

『美久おはよ!』

私の隣でサクも小さい声で『うっす』と言いながら首を下に下げた。

『…ん? 紗希と鈴木くんおはよ…… なんか珍しい組み合わせだね……?』

美久は二人の顔を交互に見ながら動揺を隠しきれない顔をしている。

『じゃあ俺靴箱向こうだから行くわ。 紗希また後で』

『うん、じゃあね』と私はサクに手を振った。

サクの姿が見えなくなると美久は無言で私の両方のほっぺをつねり顔を近づけた。
『紗希また後で!うん!じゃあね!……じゃないよ!何が一体どうなってんの!?』

それから朝のホームルームが始まるまで
美久の事情聴取が続いた。
私は今まで話していなかった自分の身の上話を全部さらけ出した。 まぁでも自分からと言うより半ば強引に……


昼のお弁当の時間なると私の前の席で美久は腕組みをしながら話す。
『話を整理すると、鈴木くんと紗希はちっちゃい頃からの幼なじみだったんだ』

『うん、そう。 卵焼き食べていい?』

『話をそらさない! こないだ学校で噂になってた。隠し子騒動は美優ちゃんだったのか。なるほどね。
で、紗希が係活動で美優ちゃんを迎えに行けない時に代わりに鈴木くんが迎えに行ってるってことか……』

『そうそう。それだけ』

『で、紗希が家に帰ったらエプロン姿の鈴木くんがご飯作って待ってるわけだ?』

『エプロンしてたっけ? 覚えてないけど』と私は言いながら朝自分で作った卵焼きを口へと運ぶ。

『どっちにしても羨ましいわ! それほぼ同棲だろがいー!』

『だろがい。って何?』と笑う私の頭にすかさず美久はチョップした。

『痛ったぁーーい!』あまりの痛さに頭を押さえた。

『私が家でおかし食べながら溜まったドラマ見てる時に……羨ましい。ホントに……』

隠すつもりはなかったけれど今まで黙っていてごめんね。と話すと美久は私には私なりに事情もあるし言いたくないことだってあるだろうし言いたくないんなら無理に言わなくてもいいよ。と言ってくれた。

私は水筒に入ったお茶を飲みながら
『あとね、私バスケ好き』と言った。

美久は私の一言にびっくりして食べていたオカズが変なところに入りそうになってゴホゴホっと少しむせた。

『それ一番意外。球技苦手だから休んでるかと思ってた』



放課後になると私はスマホでサクとメールをしながら係活動のある教室へ向かった。
特別活動室。略して特活室というのが私の学校にはある。
ここでは色んな委員会の話し合いや今回みたいな学祭や体育祭など学校の行事の係活動でよく使われている部屋だ。

教室へ入ると他のクラスの係の人たちは集まっていて
その中に伊藤くんもいた。
ちょうど伊藤くんの隣の席が空いていたので私はそこに座った。
今回の話し合いでは係の中での役割分担を決めると言うことだった。
学祭のステージのイベントの段取りや準備だったり
プログラムを作る担当。だとか色々な役割があった。
去年は何も考えずに学祭をそれなりに楽しんではいたけれど、その学祭の準備をする為に裏ではこんな苦労があったんだなと思った。

で、私の担当はというと広報の担当だった。

まぁかんたんに言うと学祭に向けてクラスごとに出店や催し物の準備をしているところを写真で撮ったり、月に一回クラスの進み具合などを記事にしたお便りみたいなものを作る役割だった。

その広報は大変なのか…あんまりみんなやりたがらずに最後にそれだけが残って私がやる羽目になったんだけれど、やるしかないね頑張ろう。
そして話し合い中眠そうにウトウトしていた伊藤くんも流れで広報の担当になった。

『中條もコウホー担当なんだね。よろしく』と最後に伊藤くんと話した。

係活動が終わる頃になると外は薄暗くなっていて
私は自転車で急いで家へと向かった。
ほんっと係の話し合いは長くって、なによりも座りすぎてお尻が痛い。




『ただいまー!』

玄関のドアを開けると美優のキャッキャと笑う声が聞こえた。
リビングの方へ入るとサクが美優とソファーで絵本を読んでいた。

『紗希おかえりー。係活動どうだった?』と言いながらキッチンの方に向かい今朝私が作ったカレーを皿によそってくれているようだった。
『今日ね係の役割?を決めたんだー。で、私広報になったよ』そう言いながら私はテーブルのイスに腰掛けるとサクはテーブルにカレーとレタスやブロッコリーの入ったサラダを置いた。

『広報になったのか……紗希さ?パソコンで文字打ち込んだり写真添付したりできる?』

『人生で一度もした事ないです……』それを聞いてカレーを食べようとする手が止まる私。

そんな私を見てハァとため息を吐きながら
『どうして一番大変な役割引き受けてくるかなぁ……
去年の広報のデータ残ってるはずだからそれ参考にして
写真何枚か撮って書きたい事ザックリとまとめといてくれたら、俺が文字に起こしておくから』

『ううう、助かります•…』と私は申し訳なさそうにサクを拝んだ。

『ってか、このサラダ美味しい。うちにこんなドレッシングあったっけ?』

『さっき俺作ったんだ。マヨネーズとケチャップ、ベースにして。ウスターソースとレモン汁あれば簡単に作れるよ』

『これ美味しい。今度作ってみますサク先生』

サクはどうぞどうぞ。と言いながらソファーの方で一人で遊ぶ美優の隣に座った。

美優が満面の笑みでサクと話している……
私一人だとあんまり美優に構ってあげられないから
美優が楽しそうでなによりだ。

『あっ、そういえば美優。さとネーからプレゼントあったんだ。お姉ちゃんのバックに白い袋入ってるから開けていいよ』

そういうと美優は私のバックから白い袋を取り出して、それを持ってサクの隣へ戻った。
美優が袋に小さい手をグッと入れてクマのキーホルダーを取り出すと目をキラキラさせて
『かわいい!』と喜んだ。

『それサクともお揃いだよ』
美優はへぇーっと頷き。

『にーにーもクマ持ってるの?』

『うん。バックについてるよ』とサクは自分のカバンを指さしそう言うと美優も隣の部屋から自分のバックを持ってきて
サクに付けてとねだった。
サクは器用に鞄の持ち手の丸穴に紐を通しクマのキーホルダーをつけてあげると
美優はバックを肩から背負ってご満悦のようだ。

サクが帰ったあと。
お風呂の中で美優が今日幼稚園での事を話してくれた。

『でね、沙耶先生がにーにーカッコいいねって言ってたんだー』

『あー、沙耶先生って美優のクラスの先生のか』

サクは昔から先輩だとか年上に人から人気がある。
けど恋人が出来たとかその類の話は全く聞いたことがない。
まぁ、私も人のことは言えないが……
女慣れしていないような…その少し無愛想なところがまたいいんだろうか。
確かにカッコいいのかもしれないけれど、小さい頃から一緒にいすぎて正直よくわからない。
けど、担任の先生が園児に本音を漏らしてしまうのが沙耶先生らしい。
若い女の先生だけれど、年上の先生達には負けないくらいズバズバとした物言いで周りくどくない話し方が私は好きなタイプの人だ。
けど嫌味っぽくなくてとても人当たりの良い先生で変に改まったりしなくていいからとってもいい意味で楽な感じがまた良い。
美優の参観日に出た時、確かその時は絵を描く授業か何かの時に先生は花が嫌いって言っていたのが印象的だった。
特に白い花が嫌いと言っていた。

『でもにーにーは私のものだけどね』と
美優は強めの口調で言った。

『モノって……サクにーにーはものではないけどね。ほら美優、頭流すよ』
そう言って髪にまとわりつくシャンプーを一気に洗い流した。

でもどうだろう。

もしサクに恋人が出来たしたら……

なんかちょっと。ほんの少しだけ嫌な気もする。

仲の良い友達が取られるような感覚だろうか……

うーん。 少し自分勝手か。




ーー学祭まで2ヶ月をきると学校では放課後遅くまでチラホラと学祭の準備をするクラスが増えてきた。
クラスで食べ物の出店の企画を考えたり、お化け屋敷や珍しいものだと学校の敷地内を使っての謎解きゲームのようなものを企画するクラスもあった。
 
この学祭が近くなってきた時のワクワクするような雰囲気が好きだ。
去年は家の事だとか美優の迎えがあったからほぼ残れなくて何も出来ずじまいだったけれど。
サクがうちに来てくれる回数を増やそうって提案してくれて私も係活動とは別にクラスの催し物の準備に残ることができた。
サクがうちに来てくれる頻度が増えて、料理に必要なものが足りなくなったりもするようになって、効率を考え食材の買い物は土日に一緒に行くようにもなった。

美優を連れて3人で買い物しているとたまに店員さんに若い夫婦に間違われることも多々あったけれど
私はまだ17歳だし5歳になる美優のお母さんだとすると12歳で出産したことになってしまう。
間違われるたびに心の中ではまだ彼氏も出来たことないわ!と思いながら……

けど一人で献立を考えていた時よりも、サクと話し合いながら決めた方が楽しくて、少し憂鬱だった買い物の時間が楽しくなってたりもした。

『にーにー、袋重たい?』
3人で買い物帰り、家までの道を美優を真ん中にして3人で手を繋ぎながら歩く。

『うぅん、大丈夫だよ。 美優は優しいね』

サクが美優を見つめそういうとタハーッと頬を赤らめながら美優は照れた。

私はその光景を見て美優に尋ねた。

『お姉ちゃんも荷物いっぱい持ってるんだけど聞かないの?』

『ねーねーは良いの。力持ちだから』
と言いながら美優はプイッとそっぽを向いた。

『可愛くない妹!』と言うとすかさず

『可愛くないねーねー』と美優は返した。

私は美優を挟んで向こう側にいるサクを覗き込みながら

『こんな減らず口叩く幼稚園児いる!?』

サクは『二人はそっくりだよ』と声を出して笑った。

そんな話をしながら歩いていると家の近くの公園に差し掛かった。

『美優ブランコ乗りたい!』と言って私とサクの手を離し公園の中へと美優は一人で駆けていった。

私は買い物袋をベンチに置き腰掛けた。

『私、3人でこうして買い物したりしてたら思うんだー』

『ん? 何を?』

『パパとママにはこういう時間が足りなかったんじゃないかなーって』

『……こういう時間って?』

『今みたいな…少し幸せな何でもない日 』

パパは平日は仕事でいなかったし、仕事が終わってからも小学生達のバスケの練習でほとんど家にいなかったし。
土日は土日でバスケの試合が入っていたり、バスケの社会人のチームの人たちと練習しに行ったりしてたから。
こんな風に家族で買い物に行ったり公園に行ったりとか
そういう時間が全くなかった。
私がバスケットを始めたのもそんなパパとコミュニケーションをとりたいって思ったのがきっかけだった。
少しでもパパに褒めてもらいたかったんだ。

『パパは私たちのことなんて何にも考えてなかったから……』

『それは違うよ』

とサクは私を真っ直ぐ見つめて話し始めた。

『……おじさんさ。紗希の前ではどうかは知らないけど…俺といる時は紗希の話ばっかり楽しそうに話していたよ。
中学入った頃も俺ら一年でレギュラーだったじゃん。おじさんすごく喜んでて
紗希の試合は毎回おじさん仕事抜け出して紗希には内緒で見に来てたんだ。……あと、二年の時の最後の試合も』

『最後の試合……?』

『うん。 ……紗希が辞めた後の試合。 試合に紗希の姿がないっておじさんが慌てて俺のところに紗希はどうしたって聞きにきたんだ。 練習にも来てないって伝えたらおじさん残念がってた。才能あったのに俺のせいだ。って』

『……うん』

『紗希のこと、すごく考えていたんだと思うよ。
おじさん紗希のことバスケで有名な私立の中学にあげたくておばさんと口論にもなってたって。 おじさんそれで引越しも考えてたらしくておばさんは反対してたみたい』

サクから聞いた話は私には初耳だった。
中学に上がる前くらいから二人の仲が悪くなる兆しが見えはじめていた。
パパがそんなことを考えていたなんて意外だった。
どうして私本人に相談してくれなかったんだろう。

『……それで家族がバラバラになっちゃったら本末転倒だよ』

『離れてはいるけれどおじさんは紗希の事も美優の事も思っているよ。もちろんおばさんだって考えてる。 必死だからこそ感情的になってしまったりする事だってあると思うんだ。 大切だからこそ尚更さ』

サクはそれ以上パパの事を話すことはなかった。
サクは小さい頃からパパと仲が良くって社会人の練習にもたまに混ぜてもらってたりしてたみたいだから
関わりが多かった分、きっとサクには私達には見せない弱い部分も見せていたりしたんだろうか。
私よりもきっと私の家庭の事情を知ってる。というか嫌でも耳に入ってしまっていたんだろう。

『サク? サクはどうしてバスケしないの?』

私は少し不安になった。
過去のその変えることのできない出来事よりも、サクがきっと好きだった事を続けない理由に私に負い目を感じていないか不安になった。

『昔、バスケ少女に言われたんだ。 考えもなしに一人で突っ込むのはやめろ!しっかり周りを見ろって…』

いつだったっけ。

たしか…そんなような事言ったような。

……あっ、私多分言った。
サクがいる男子のチームの小学の部、最後の全国行きがかかった試合中にベンチで言ったんだ。



ーー『はぁはぁ』

バスケットコートの中で肩で息をするユニフォーム姿の男子達。その中にサクの姿もあった。
私のいた女子チームは前の試合で敗退しキャプテンの私はマネージャーとしてこの試合ではベンチにいた。

隣町の総合体育館の広くて綺麗なコートで県大会の決勝戦があった。
県大会となると会場の観客席もかなり埋まっていた。

地区大会で群を抜いて強くても
県大会ともなると地区の強豪達がひしめきあって
その上そのチームの分析などもされていて勝つのは容易ではなかった。

試合開始からうちのチームの攻撃の要となるサクは長身の二人にずっと執拗にマークされていて、サクが上手く機能しないうちのチームは前半、攻め逸れていた。

パスがうまく通らずサクは相手チームの二人に挟まれ状況は最悪だった。

サクは焦りからか、それに苛立ちいつになく無鉄砲なラフプレーが目立ち一人で前線まで持っていき倒されたり、いつもの力が発揮できずたまに床を足でドンっと音が鳴るほどの地団駄を踏んだりしていた。

『朔太、相当イラついてるな。一度下げよう』

誰の目から見ても明らかだった。
コーチがアップをしているほかの選手に交代を告げると
コートの中にいるサクと入れ替わり
汗だくのサクは『クソっ!!』と言いながらコートからベンチの方に戻ってきた。

そんなサクを見てコーチがベンチから立ち上がろうとする前に私は耐えきれなくなってサクの元へ行き両手で両頬をパチーーンっと音が出るほど叩いて、そのままサクの顔を自分の方へ近づけた。

『落ち着け!サクっ! 考えもなしに一人で突っ込むのはやめろ!相手の思うツボだろ! 落ち着いて、しっかり周りを見ろって!』

サクは肩で息をしながら私を睨んだ。

『俺が点取らないで誰が取るんだよ!』

『前に出るなって言ってんじゃない。 考えろって言ってんの。 怒りながら試合して、そんなんで終わった時にサクは楽しかったって言える?』

『勝ちたいんだって!』

『怒りながら試合に勝って嬉しい!?』

『…•…嬉しくない…かも』

『私はさっき決勝で負けた。 悔しくないって言ったら嘘になるけど…でも頑張った。全力出し切ってみんなで頑張ったよ。 だから後悔はない。 今のサクは試合終わって後悔ないって言える?』

『……じゃあどうすればいいんだよ』

『うちの運動量の多いキャプテンにずっとぴったりくっついてる相手もすっごい運動量だよ。バテてる。
でも相手は選手交代しない。あの長身のヤツらじゃないと多分サクの事止めきれないんだ』

はぁはぁと肩で息をしながら冷静さを取り戻しコートに視線を向けるサク。

『俺が二人をもっと引き付ければゴール前にスペースができるか……』

『うん絶対できる。サクの体力が持てば後半チャンスだよ。 もっと相手引っ掻き回せばいい』

ユニフォームをまくってサクは額の汗を拭った。

『持てば《•••》じゃないよ。絶対持たせる。後悔しない為に』




ーー『あの後勝ったけど試合終わったらサク倒れたよね』

『うん、スタミナ切れでぶっ倒れたね』

ベンチで思い出話で笑い合う二人。
美優はその笑い声に気づいてブランコから降りて二人に近づいてきた。

『何の話?』

『ううん、何でもないよ。 むかーしの話』

じゃあ帰ろっか。と言って私は美優の手を取り、サクもベンチから腰を上げた。

『紗希?』

『ん? 何?』

『後悔はしてないよ。今、ここにいる自分は後悔しないようにしっかり選んだ自分だから』

サクは笑顔でそう言った。

そんな風に思えるってすごい。
私は後悔ばっかりだ。
もっとこうすればよかった。
どうして自分ばっかり。
そんなことがぐるぐると渦のように回ってる。

でも、あの時。ママが倒れたあの時に私が何も考えずに好きな事を続けていたら
今頃の私はもっと後悔していたかもしれなくて。

起こりうる最悪の展開を考えると少しだけ心が軽くなる感じがするんだ。



ーー授業が終った放課後。
西日が差し込む特活室で私は伊藤くんと二人で今月末に私たちの学年で配る学祭のお便りの記事を考えていた。

私はシャープペンをアゴでカチカチと芯を出しながら記事を考える。

『やっぱり、各クラスの出し物の一覧とかいいと思うんだよなー。表みたいな感じで作って…』

伊藤くんは机に頬杖をつきながら『それでいいんじゃない? あと、クラスの進み具合とか聞いてさ』と手でプリントをなぞりながら答えた。

『いいね、それ。それにしよう』

私は今日出たアイディアを箇条書きでA4程の用紙に書いていく。

『それはそうと学祭の時期になるとみんな浮かれてるよな』

私は用紙に書き込みながら、うん。と返事をした。

『中條はさ、好きな人とかいないの?』

伊藤くんの言葉で動揺のあまり力が入りすぎてシャープペンの芯をパチンと折ってしまう。

『い、いないし!そんなの』

『中條、モテそうなのにな』

私は少し顔を赤くしながら『モテないよ!全然!』と顔の前で手を振った。

『そんなことないよ。中條は俺の初恋の人だから』と伊藤くんは椅子にもたれ、両手を伸ばしながらそう言った。

……ん? 今なんて言った?

私は伊藤くんの顔をチラッと見るが平然とした顔で過去の係活動のプリントを眺めている。
もしも、これが告白だとしたら…もっと伊藤くんは私を見つめきっと私の返事を待っているだろう。
一度も告白されたことなんて無いから知らんが。
けれど今私の目の前にいるのは私の返事よりもプリントの記事が気になっている伊藤くん。

今のはもしや…社交辞令的な感じか?

そんなことないよ!モテると思うよ!俺も昔、お前のこと可愛いと思ってたよー! そんな感じの軽いノリの。

『ってか、中條パソコンできるの?』

『うん、やっておくよ』

……サクが。

『よしっ。早速、みんなが学祭の準備しているうちに聞いて回りますか』
伊藤くんはそう言って立ち上がった。私もペンケースと机に広げたプリントをまとめて特活室を後にした。
< 2 / 4 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop