町娘は王子様に恋をする
11
私は朝礼で、羽柴先輩が午後は外出で直帰ということを知った。
タイミングの悪さを呪いながら、お昼に渡そうと思っていたものを取りやめる。午前が潰れると先輩が焦っていた理由は午後から外回りの仕事があったから、ということにまで考えが至らなかった。今月は繁忙でもないし、そこまで外回りが増える時期でもなかったからすっかり頭から抜けていた。いつもなら大抵、事前に教えてくれるものだが、その余裕もなかったということだろう。
本人に予告をしていた訳でもないし、普通そんなものが用意されていると思わないだろう、ここは言わずに持って帰り明日のおかずにするべきだ。考えなおして気持ちを切り替える。羽柴先輩とて言った翌日に持ってくるなんて考えてもいないだろう。
持って帰るのか、とそのことにため息をつきながら、入力処理をこなしつつ外線を取り担当者へ回す。
十二時になると一応、鐘がなる。それを合図に周囲は一時的に仕事から解放されて騒がしくなる。みんな食堂へ行ったり食べに出て行ったりといろいろな中で、私はお弁当を持参している。加宮さんも大抵は持ってきているので、いつもどちらからとなく声を掛けて食堂で席だけ借りる。
ファイルを直し、デスク周りを整理して持ってきていた渡す用の紙袋とお弁当をもって席を立つ。
「宇ー佐見」
後ろから声を掛けられて振り返る。羽柴先輩もどうやらお昼にするらしい。昼食を食べてから出て行くのだろうか。
「お疲れ様です。お昼食べてからですか?」
「社食が一番早くてバランスがいい」
「ですか」
「ところで」
「はい?」
羽柴先輩が咳払いをする。向けられるのは含みのある期待の眼差し。そして、掌がこちらに向けて出される。
その意味合いが分からず、こてんと首を傾げる。今日は先輩案件の仕事は請け負っていない。私は先輩になにか頼まれていただろうか。持ってきたおかずの事は話していないし、どうせ外回りなら邪魔になる。
分らないという顔でじっと羽柴先輩を見返す。焦れた先輩が、ムスッとした声を出す。意味合いが理解できていないことへの怒り、というよりこれは拗ねている。
「何かあるんじゃないの」
「え?」
「午前中、加宮さんにめちゃくちゃ自慢されたんだけど」
「ええ!?」
「羽柴さん、聞いてください。私今日、宇佐見さんに晩ごはんのおかず貰ったんですよ~、って」
似ていないモノマネで一気に言われた。吹き出しそうになったのを、すんでのところで堪えた。
とてもうれしそうで、羨ましい感じに、と先輩は拗ねている。顔がいい人は拗ねてもいい顔をしている。
いつの間にそんな会話をしていたのか。私がトイレに立った時だろうか?
加宮さんは何故か、言い方は悪いが羽柴先輩限りではあるが突っ掛っていくことがある。そう、こんな風に。
言わなくてもいいことなのになあ、と思わないでもないが、言ってしまったものは仕方がない。
「ある、には、ありますけど。今日、外回りですよね、持ち歩くの大変だと思います」
「大丈夫。会社の冷蔵庫借りるから」
「直帰って言ってましたよね? 帰ってこないなら、土日放置するつもりですか、ここに?」
「うちから一駅の会社で直帰もクソもない。どうせ書類は持ち帰りたくないから帰ってくる」
「はあ……」
仕事をしている時はそれなりに言葉も選んでいる様子なのに、クソときたものだ。これは、どうあってもくれ、ということだろう。今は夏でもないし、気候も安定している。でも一般人の作ったもので、保存料なんかは売り物とは違ってはいっていないも同然だ。私がモヤモヤ悩んでいると、先輩が名前を呼ぶ。
「宇佐見」
「う……」
私は羽柴先輩に対して、甘いし弱い。そんな声で名前を呼ぶとは卑怯者。羽柴先輩がやっていることはただの物乞いかチンピラのようなことなのに、ついつい甘やかしてしまう。甘やかす、というのは不適切かもしれない。私はそうやって、先輩を繋いでいるのだ。
持っていた紙袋を出ていた先輩の手に引っ掛けて渡す。
瞬間、パッと羽柴先輩の顔が明るくなる。大きい犬みたいだ、と意識を別の事に飛ばしながら。その顔だけで、胸がいっぱいになる。
作り過ぎてしまった理由は先輩ではあるけれど、それがこうして役に立つのだからなんだろう、海老で鯛でも釣っている様な気分だ。
羽柴先輩は紙袋の取っ手を持ち開いて中をみている。タッパーの蓋が見えるだけで中身は見えない、はずだ。
「切り過ぎたキャベツとにんじんと厚揚げを煮たものと、あとはごま油で炒めたキンピラっぽいもの、それからにんじんとだいこんを煮た奴ですね」
キャベツの千切りから始まり、にんじんだいこんごぼうときたもので、同じようなものが同じように細ながく切られてしまったのだ。結果的にすべて煮るか炒めるかにしたのだが、どれも似たようなものになった。
羽柴先輩の好みに合わないものはとくに無いように思う。肉類が入っていないのは、冷蔵庫になかったからだ。そのあたりは自分で用意して貰う事にする。そこまでの配慮は、いいだろう。
「ありがとう」
「いいえ。まあ、素人が作ったものなので、早めに食べてくださいね」
元気出た、午後からも頑張ろ! 一層気合の入ったらしい羽柴先輩がいって、そうだそうだと先輩は一度席に戻る。それからよくある薄っぺらいビニールの袋を私に差し出した。
「昨日、言ってたやつ」
「昨日……あ! ドラマの」
「反応鈍いな」
「見れないと思ってもう諦めてたし、そのストレスを千切りで発散させたもので……」
「宇佐見のそう云うところ、可愛いと思う」
「抜けてるところがですか?」
「まあ、そう。あ、それ、返さなくていいから」
「いいんですか、でもこれ、DVDのお金とか」
これ貰ったからチャラじゃない? 羽柴先輩は私が渡した紙袋を軽く持ち上げた。
でも、と食い下がろうとしたものの先輩が、なら次はお菓子で、といってスタスタ行ってしまう。それなら、と私もそれ以上は何も言わずにその袋をもったまま食堂に一緒に行くことにした。
タイミングの悪さを呪いながら、お昼に渡そうと思っていたものを取りやめる。午前が潰れると先輩が焦っていた理由は午後から外回りの仕事があったから、ということにまで考えが至らなかった。今月は繁忙でもないし、そこまで外回りが増える時期でもなかったからすっかり頭から抜けていた。いつもなら大抵、事前に教えてくれるものだが、その余裕もなかったということだろう。
本人に予告をしていた訳でもないし、普通そんなものが用意されていると思わないだろう、ここは言わずに持って帰り明日のおかずにするべきだ。考えなおして気持ちを切り替える。羽柴先輩とて言った翌日に持ってくるなんて考えてもいないだろう。
持って帰るのか、とそのことにため息をつきながら、入力処理をこなしつつ外線を取り担当者へ回す。
十二時になると一応、鐘がなる。それを合図に周囲は一時的に仕事から解放されて騒がしくなる。みんな食堂へ行ったり食べに出て行ったりといろいろな中で、私はお弁当を持参している。加宮さんも大抵は持ってきているので、いつもどちらからとなく声を掛けて食堂で席だけ借りる。
ファイルを直し、デスク周りを整理して持ってきていた渡す用の紙袋とお弁当をもって席を立つ。
「宇ー佐見」
後ろから声を掛けられて振り返る。羽柴先輩もどうやらお昼にするらしい。昼食を食べてから出て行くのだろうか。
「お疲れ様です。お昼食べてからですか?」
「社食が一番早くてバランスがいい」
「ですか」
「ところで」
「はい?」
羽柴先輩が咳払いをする。向けられるのは含みのある期待の眼差し。そして、掌がこちらに向けて出される。
その意味合いが分からず、こてんと首を傾げる。今日は先輩案件の仕事は請け負っていない。私は先輩になにか頼まれていただろうか。持ってきたおかずの事は話していないし、どうせ外回りなら邪魔になる。
分らないという顔でじっと羽柴先輩を見返す。焦れた先輩が、ムスッとした声を出す。意味合いが理解できていないことへの怒り、というよりこれは拗ねている。
「何かあるんじゃないの」
「え?」
「午前中、加宮さんにめちゃくちゃ自慢されたんだけど」
「ええ!?」
「羽柴さん、聞いてください。私今日、宇佐見さんに晩ごはんのおかず貰ったんですよ~、って」
似ていないモノマネで一気に言われた。吹き出しそうになったのを、すんでのところで堪えた。
とてもうれしそうで、羨ましい感じに、と先輩は拗ねている。顔がいい人は拗ねてもいい顔をしている。
いつの間にそんな会話をしていたのか。私がトイレに立った時だろうか?
加宮さんは何故か、言い方は悪いが羽柴先輩限りではあるが突っ掛っていくことがある。そう、こんな風に。
言わなくてもいいことなのになあ、と思わないでもないが、言ってしまったものは仕方がない。
「ある、には、ありますけど。今日、外回りですよね、持ち歩くの大変だと思います」
「大丈夫。会社の冷蔵庫借りるから」
「直帰って言ってましたよね? 帰ってこないなら、土日放置するつもりですか、ここに?」
「うちから一駅の会社で直帰もクソもない。どうせ書類は持ち帰りたくないから帰ってくる」
「はあ……」
仕事をしている時はそれなりに言葉も選んでいる様子なのに、クソときたものだ。これは、どうあってもくれ、ということだろう。今は夏でもないし、気候も安定している。でも一般人の作ったもので、保存料なんかは売り物とは違ってはいっていないも同然だ。私がモヤモヤ悩んでいると、先輩が名前を呼ぶ。
「宇佐見」
「う……」
私は羽柴先輩に対して、甘いし弱い。そんな声で名前を呼ぶとは卑怯者。羽柴先輩がやっていることはただの物乞いかチンピラのようなことなのに、ついつい甘やかしてしまう。甘やかす、というのは不適切かもしれない。私はそうやって、先輩を繋いでいるのだ。
持っていた紙袋を出ていた先輩の手に引っ掛けて渡す。
瞬間、パッと羽柴先輩の顔が明るくなる。大きい犬みたいだ、と意識を別の事に飛ばしながら。その顔だけで、胸がいっぱいになる。
作り過ぎてしまった理由は先輩ではあるけれど、それがこうして役に立つのだからなんだろう、海老で鯛でも釣っている様な気分だ。
羽柴先輩は紙袋の取っ手を持ち開いて中をみている。タッパーの蓋が見えるだけで中身は見えない、はずだ。
「切り過ぎたキャベツとにんじんと厚揚げを煮たものと、あとはごま油で炒めたキンピラっぽいもの、それからにんじんとだいこんを煮た奴ですね」
キャベツの千切りから始まり、にんじんだいこんごぼうときたもので、同じようなものが同じように細ながく切られてしまったのだ。結果的にすべて煮るか炒めるかにしたのだが、どれも似たようなものになった。
羽柴先輩の好みに合わないものはとくに無いように思う。肉類が入っていないのは、冷蔵庫になかったからだ。そのあたりは自分で用意して貰う事にする。そこまでの配慮は、いいだろう。
「ありがとう」
「いいえ。まあ、素人が作ったものなので、早めに食べてくださいね」
元気出た、午後からも頑張ろ! 一層気合の入ったらしい羽柴先輩がいって、そうだそうだと先輩は一度席に戻る。それからよくある薄っぺらいビニールの袋を私に差し出した。
「昨日、言ってたやつ」
「昨日……あ! ドラマの」
「反応鈍いな」
「見れないと思ってもう諦めてたし、そのストレスを千切りで発散させたもので……」
「宇佐見のそう云うところ、可愛いと思う」
「抜けてるところがですか?」
「まあ、そう。あ、それ、返さなくていいから」
「いいんですか、でもこれ、DVDのお金とか」
これ貰ったからチャラじゃない? 羽柴先輩は私が渡した紙袋を軽く持ち上げた。
でも、と食い下がろうとしたものの先輩が、なら次はお菓子で、といってスタスタ行ってしまう。それなら、と私もそれ以上は何も言わずにその袋をもったまま食堂に一緒に行くことにした。