町娘は王子様に恋をする

15

 週末は、平日に疎かになっていることを片づけて、それから心と体をリフレッシュさせるために使うようにしている。
 今日も今日とて、買い出しと作り置きと部屋の掃除に洗濯物、と平日には手を抜かざるを得ない部分でいろいろやることはある。
 あるのだが、どうしても買いに行きたいものがあって午前中までを掃除や片づけの諸々に遣い、お昼から少し出歩くことにした。
 なにせ休日は今日を含めて二日だ。明日の午前中もその諸々に使うつもりだ。

 職場の近くまで出ることになるが、私の住んでいる辺りからすれば一番の都会だから仕方がない。ご近所が辺鄙というわけではないが、少しばかり静かな町並みであることは確かだ。
 平日の帰りに寄っても良かったのだが、休日にわざわざ出かけるということで前々から狙っていたカフェに行く別の目的もあった。
 目的に目的を重ね、そのどちらもが自分を癒すためとあれば、出掛ける選択しかない。

 平日なら朝の通勤時間帯に乗る電車。今日は昼過ぎの少し閑散とした時間だからか座席も程よく空いている。
 快速ではなく普通の電車に乗ったから、いつもよりゆったりと景色が流れて感じる。たった数駅ではあるし毎朝見慣れてはいるが、旅行にでも行く気分だ。
 靴と、それから口紅を探して数軒見て回る。カフェの方は三時からで予約しているからその頃に行けばいい。

 三時を少し前にしてカフェに向かう。予約していたからすぐに席に通して貰えた。メニューを眺めて、季節のケーキと紅茶を頼む。
 頼んだケーキにうっとりしながら、フォークをいれる。それから紅茶も口にして、ほっと息を吐く。
 今週も良く頑張りました、と自分で自分を褒める。そのくらいは許されるだろう。
 落ち着いた内装と装飾で、棚には缶に入った紅茶がずらりと並んでいる。カフェのレジとは別に、紅茶や珈琲、焼き菓子や持ち帰りケーキの販売もしているようで、そちらも覗いてフレーバーティーを買うことにした。
 今度また加宮さんを誘ってみよう、と記憶にメモしておきながら店を後にする。
 店を出ると日が傾いていた。書店にでも寄ろう、と駅に向かう道のりで最後の寄り道をすることに決めた。
 入った書店で少しぐるっと見て回る。この作者さんは、と思っている作者さんの最新刊が発売していて平積みされていた。明日、いや平日の夜にでも読もう。決めて購入してサクッと駅に向かう。
 すっかりリフレッシュできた清々しい気持ちで駅前の、横断歩道で信号待ちをする。
 すると、駅の前に知った顔が見えた。
 おそらく、私の位置からその人たちが見えても、あちらからこちらは見えていないはずだ。

「せんぱい」

 思わず声に出してしまった。私服、というよりはワイシャツとスラックスの仕事服に見えるが、どちらにもとれる服装の羽柴先輩がいた。
 そうして向かい側にもう一人、こちらはスーツではなく私服だろう、シックで大人らしい落ち着いた服装の高橋さんがいた。
 休日に、どうして、と思うより先にこのままでは出会ってしまう、と私は一時的にその場の近くにあった店に飛び込んだ。
 入った雑貨屋は、手作りのアクセサリーや小物を置いている店だった。BGMに可愛らしいオルゴールアレンジの曲が流れている。
 ふう、と軽く深呼吸して、さっきの光景を振り切る。
 けれど考えないようにしようと思えばするほどさっきの二人が思い出される。私には、どうして一緒に居るのか、何をしているのか、なんて聞く権利もないのに、聞きたくなってしまう。聞いたって、二人が正直に答える必要もない。もどかしさだけが確かにある。

 その店には十分ほど居たけれど、何かを買えばきっかけに先ほどの事を思い出しそうで、今日のところは何も買わずに、申し訳ないけれど下見をしに来た、という体で店を出た。心の中で、今度必ず、友人と来ます。と何度も叫んでおいた。
 軽くなった気分が、一方的に重くなる。誰がどうではないのに、胸が苦しくなる。
 こういう気持ちが卑しいと思うから、私はきっぱりと羽柴先輩への恋心を失くさなきゃいけなかったのに。
 今も、どうにもできないのに、中途半端なまま。普段何気なく、分っていても無視できているのに、やはり咄嗟のことにはうまく自分を誤魔化せない。

 私は羽柴先輩の事を、好きなままだ。
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