捨てられ妻の私がエリート御曹司に甘く娶られるまで
「ランチコース、予約しちゃったんだけど、時間ある？」
「ああ、この時間は里花のためだけに使う」

そう答える奏士さん。だけど、私は気付いていた。奏士さんのジャケットの胸ポケットでスマホが振動している。数度震えては止み、また震える。誰かが繰り返し連絡を取ろうとしているのがわかった。
前菜とサラダが来て、とうとう私は尋ねた。

「スマホ、いいんですか？」
「ああ、この時間は里花に使うと言ってある」

誰にだろう。功輔さんあたりだろうか。でも、奏士さんがそう言ってくれているのだから、これ以上野暮なことは言わないようにしよう。
スープが来て、メインがそろそろというタイミングだった。ざわっと店内の空気が動いた感じがした。実際、入り口付近が騒がしいような。
すると、目の前の奏士さんが苦虫を噛み潰したような顔になった。

「ソーシ！」

大きな声が聞こえた。振り向くと、そこにはマノン・ルーセルがいた。
画像でしか知らない彼女が目の前にいる。長い脚でパンプスを鳴らして近づいてくる。身長はヒールを差し引いても百七十五センチはありそうだ。

「マノン」

彼女は私たちのテーブルの横に立ち、早口の英語で何かまくしたて始めた。私の英語力ではヒアリングが追い付かない。ギリギリ聞き取れたのは、「どうして私とのランチを断ったの？」というのと「今すぐ○○の○○を食べに行きましょう」という部分だった。なお、固有名詞はわからなかった。彼女気に入りの日本の店だろうか。
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