捨てられ妻の私がエリート御曹司に甘く娶られるまで
「里花、少しごめんな」

奏士さんが席を立つ。マノンに向かい、英語で説明している。マノンより丁寧な発音なので、もう少し聞き取れる。「今日は行けない」「断ったはずだ」「夜はアナと三人で食事の約束がある」そんな内容だ。入り口には彼女の付き人やボディガードなどが複数待っている。彼らにマノンを託すつもりのようだ。

「Who is this……?」

今の言葉は聞き取れた……というより、彼女が私を剣呑な眼差しで見ているのでわかってしまった。

「fiancé」

奏士さんが短く、断言するように答えた。それは私に聞かせるつもりの言葉ではなかっただろう。だけど、私には聞こえていた。
婚約者って、彼女に言った?
全身が沸騰するくらいに嬉しくなった。どうしよう、ものすごく感動している。対外的にもそう紹介する覚悟が、奏士さんにはあるんだ。

まだ周囲を憚らない大声で何か言い続けるマノンの背を押し、奏士さんは入り口付近まで彼女を送って言った。付き人たちと何事か話す様子が見て取れ、まもなく彼女は退店していった。納得したのだろうか。

「迷惑をかけて、すまない。せっかくふたりの時間だったのに」
「あの……いいんですか? 彼女は奏士さんとランチがしたかったんじゃ……」
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