捨てられ妻の私がエリート御曹司に甘く娶られるまで
「なんで……」

少し離れたエレベーター近くに奏士さんがいる。
隣にいる黒髪の美女は……マノン・ルーセルだ。
女優アナ・ミラーの娘、奏士さんに好意を持っていたモデル……。
なぜ、こんなところにいるの? どうして奏士さんと並んでいるの?
遅くなるというのは彼女との用事なの?

鼓動が嫌な音で鳴り響く。頭の中で誰かが言う。
またなの? また私は裏切られてしまうの?
奏士さんも、私じゃなくて他の女性を選ぶの?
私を好きだと言ったのは嘘だったの? プロポーズは嘘だったの?

頭の中で暴風雨のようになる気持ちを、私は自制心で抑えた。それから背筋を伸ばし直す。
何を動揺しているのだろう。
奏士さんの妻は私だ。そして、奏士さんを世界中の誰より信頼しているのは私だ。
私はつかつかと歩み寄った。

「奏士」

呼び捨てで呼んだことなどない。だけど、敢えて呼んだ。奏士さんとマノンが振り向く。
私はにっこりと微笑み、簡単に英語で挨拶をした。それから、奏士さんに向き直る。今度は日本語で言う。

「私の引越しの日に、彼女と会っているなんてどういうことですか? 説明してください」

奏士さんが額に手をやり、「すまない」と謝罪の言葉を呟く。それは浮気をしていたと取ってもいいのかしら?
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