捨てられ妻の私がエリート御曹司に甘く娶られるまで
『おまえもあの男も、上流階級ヅラが気に食わない。ひとりじゃ何もできないクセに。黙ってろ』

私はそれ以上何も言わなかった。むっつりと黙り込み、うつむいた。
しかし、さすがに悔しさとも悲しさともつかない感情が湧いてきた。惨めというのが近いかもしれない。
大好きだった人と再会したのに、私は何をしているのだろう。私を嫌っている男の横で幸せそうな振りをしただけ。

断って化粧室に行き、個室の中で涙を拭いてメイクを直した。泣いているところを見られるわけにはいかない。出てきたときには普通の顔をしなければ。
化粧室から出て会場に戻る前に声をかけられた。

『里花』

そこには奏士さんがいた。私は一瞬、泣きそうに顔を歪めてしまった。
拭いた涙がまた溢れてしまいそうだ。だけど、ぐっとこらえて笑顔を作った。

『奏士さん』
『里花、大丈夫か? 疲れているように見える』

奏士さんは気遣わしげに私の顔を覗き込む。

『なんでもないんです』
『苦労はしていないか? 彼はおまえに親切にしているか?』

まるで父親のような親身な心配に、私は笑い返した。
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